在日コリアン、差別はちょっとした処で

文字数 1,479文字

第五話 誰が呼んだか、イケメン通り
 木村智浩(ともひろ)は美容専門学校を卒業し大手ヘアメイクサロンの契約社員となった。大抵は居住地近くの店舗に配属され、インターン(見習い)として美容師への道がスタートする。
 何の職業でも見習い期間は付き物。ヘアメイクサロンではアーティストの各種お手伝いと洗髪係からはじまる。智浩も別段イヤなことでもなかった。だっていきなりカットしろと云われても出来ない。
 営業時間終了後に練習時間がある。半年後にはドキドキしながら最初の客の髪にシザー
(ハサミ)を入れる。アーティストデビューと相成る。
 三ケ月を経て、どうにも自分に対する態度に納得がゆかない男性美容師に気付き始めた。いわゆるイジメ。明らかに他の新人三名(男子)との扱いに差を感じ始める。何かにつけて言葉尻がキツい。
 それでもまあ、気の合わない人間は付きもの。たまたまそんな人に出会った。そんな風に考えていた。ところが、ある晩のこと、理由が分かった。サロンでは、練習時間にテレビをつける習慣がある。たまたまニュースの時間で、キャスターが淡々とその日の出来事を述べる。
 ――在大韓民国日本大使館前に、いわゆる慰安婦問題を早期に解決するよう求める民間団体が抗議活動を……
 それを聴いた瞬間に、
「ふざけんな。十億円で決まったことじゃねぇかよ。一体いくら持ってきゃいいんだよぉ!
この、チョン公(朝鮮人への蔑称)が!」
 例の美容師が嘯(うそぶ)く。
 木村智浩は日本名。本当の名前は{パク・ジホ}。在日コリアン三世。もう当たり前すぎて履歴書にも日本名しか記載しない。でも、智浩には思い当たる節(ふし)がある。それはシャンプーをして客席でマッサージを施していた時に、
「あれ、あなたイケメンねぇ。韓流スターみたい!」
 お客はお腹にたっぷりと脂肪を蓄えたアラフォー女子だった。決して歓心を買う訳ではなくて、つい、口から出てしまった言葉。
「あ、僕、パク・ジホと云うんです」
 それを先輩美容師が訊き留めた。目と目がぶつかった。
 この手のことは過去に幾度も経験がある。大なり小なりのレイシスト。(差別主義者) 世の中には結構居るものだ。でもたとえちっちゃなことでも、それは決別を意味する。次の日に、言い争いになって腹に蹴りを入れてしまった。(智浩はテコンドー高麗{2段})
 次の職場と迷っていた時に、同じ三世の友人から、新大久保イケメン通りの「ボーイズバー」を紹介された。
 韓流ブームは2003年にNHKで放映された「冬のソナタ」から始まった。ブームだから盛り上がって下がる。でも、その後も、KARAや少女時代などの(K-POP)の活躍でブームを繋ぎ止め、今や世界的スターBTSのお出ましで、{文化}と認知されるに至る。

 新大久保駅を背にして二本伸びる大久保通りと職安通り。その間を犇(ひし)めくように実に多様なコリアンショップが建ち並ぶ。まずは食。ダッカルビ、プルコギ、トッポギ、チヂミからおやつのホットク、パッピンス、各種クレープ類。次に女子に人気の韓国コスメと可愛い雑貨類。どれも安価+αのプチプラ。王道はアイドルのグッズショップ。(いまならBTSがダントツ)
 コロナ禍で一時閑散とした。でも、感染者が減り出すと真っ先に人流が動く。まさにホットスポット。平日でも若い女子を中心に界隈は大いに賑わいを見せる。
 さてさて、智浩の新しい職場はそんな通称「イケメン通り」の中ほどに位置する。名前は「モッチダ!」。日本語で「カッコイイ!」。ビルの四階で店内は二十坪ほど。常時六名の通称・イケメンが居る。
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