拾五席目 空想科学落語~Space Raccoon~

文字数 6,575文字



 遠い昔
 遥か銀河の彼方
 とある惑星がその生涯を終えようとしていた
 巨大彗星の飛来、優れた科学力を持ってしても衝突は避けられず
 この星の住民たちはそれぞれ宇宙船に乗り込んで母星を後にした、新天地を求めて……。                 
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「おまいさん! おまいさん! ちょいとこれ見とくれよ!」
「なんでぇ、騒々しい」
「とうとう見つけたんだよぅ、あたしたちが住めそうな星を!」
「そうか! おっかぁ、でかした!……おお、これか?」
「太陽系第三惑星、地球って言うらしいんだけどね」
「こいつぁオツな星だな!」
「だろう? こんなきれいな星は見たことないやね」
「大気の成分や重力はどうなんだ?」
「ほとんどあたしたちのR星と同じだよ、それだけじゃない、水が豊富で緑もいっぱいだよ」
「言うことなしじゃねぇか、よしっ、この星に決めようじゃねぇか」
「この綺麗な星があたしたちの新しい棲み処になるんだねぇ……」
「おうよ、今すぐ地球に進路を向けるぜ」
「本当に良かったよぅ、また親子三人幸せに暮らせるんだねぇ……」
 
 え? 口調がおかしい? そんなことはありません、仮にも『空想科学落語』でございます、いい加減なことは申しません、なぜって宇宙人が喋るのをお聞きになった方はどなたもいらっしゃらないのですから、宇宙人がこういう口調で喋らないとはどなたにも言い切れないのでございます、納得して頂けてもそうでなくても……地球と言う目的地を得た彼らの旅は続きます……。

「おい、おっかぁ! てぇへんだ!」
「どうしたんだい? おまいさん」
「宇宙船の故障だ、ロケット噴射が効かねぇ、進路を変えられねぇんだ」
「地球はもう目と鼻の先だってのに……おまいさん、だから中古はよそうって言ったじゃないか」
「しょうがあんめぇ、あん時ゃ住宅ローン組んだばっかりだったんだからよ」
「そうだったねぇ」
「このままだと地球の衛星にぶつかっちまう、脱出用カプセルを使おうじゃねぇか」
「だけどあれは一人乗りだろう?」
「そうよ、だけどちゃんと三台あるじゃねぇか」
「あたしゃ坊やが心配なんだよう、まだ小さいんだよ、一人で大丈夫かねぇ、親子三人バラバラになっちまうじゃないか」
「だけどそうするしかあんめぇ、大丈夫だ、生きて地球にたどり着けば必ずまた会える、いや、この俺がきっと見つけてみせらぁ、お前ぇもぼうずもな」
「そうだねぇ、命あっての物種だものね、あたしも探すよ、あんたと坊やを」
「ぐずぐずしちゃいられねぇ、おい、ぼうず」
「なんだい? おとっつぁん」
「この船はもういけねぇ、このカプセルで脱出するんだ、お前ぇ、一人でも大丈夫だな?」
「おいらだって男だい!」
「よぅし、それでこそ俺の倅だ、いいか? おとっつぁんとおっかさんが必ずお前ぇを見つけてやる、それまで一人でもしっかり生きて行くんだぞ」
「わかったよ、おとっつぁん……おっかさんも達者でね」
「ああ、もちろんだよ、必ず坊やを見つけてあげるからね、地球でまた三人仲良く暮らそうね」
「うん、おとっつぁん、乗り込んだよ、これで良い?」
「ああ、シートベルトもきちんと締まってらぁ、じゃあ打ち出すぜ」
 ボシュン!
 坊やを乗せた脱出カプセルは真っ直ぐ地球に向かって行きます。
「行っちまったねぇ……あたしゃ心配でならないよ」
「ああ、でもこうするしかねぇんだ、お前ぇも早く乗り込め、ぐずぐずしてると到着点が離れて行くばかりだ」
「そうだったね……いいよ、おまいさん、やっとくれ」
「ああ、俺もすぐに続くぜ」
 ボシュン! ボシュン!
 こうして一家は別々のカプセルで地球へと向かったのでございます。
 
 さて、一方その頃、親子が向かった地球では……。
「ん? 流れ星か? ややっ! こいつぁいけねぇ、真っ直ぐこっちへ飛んでくらぁ」
 すっかり了見を入れ替えて働き者になった魚屋の勝っつぁん、砂浜で河岸が開くのを待って一服つけていますと、まだ明けきれない空から火の玉が飛んでくるではありませんか!
「あぶねぇ!」
 勝っつぁん、慌てて天秤棒を担ぐと一目散に逃げだします、松の陰に逃げ込んで見守っておりますと火の玉は砂浜にズズーン!
「なんだい? ありゃぁ……茶釜みてぇなのが落ちて来やがった、お? なんだ? てっぺんの蓋が開くじゃねぇか……」

 茶釜……言うまでもなく脱出カプセルでございますが、勝っつぁんが見まがえたもの無理はありません、いわゆるアダムスキー型の円盤なんでございますが、江戸時代、まだ空飛ぶ円盤のイメージなど誰も持っていませんから一番近いのが茶釜と言うわけでございまして……。
「いけねぇ……俺ぁまた夢を見てるに違ぇねぇ……今日は休んで帰ぇろう」
 古典落語界の名優・勝っつぁんでございますが、今回は友情出演でございますので出番はここまでということで。

「ここが地球かぁ……気持ちの良い風が吹いてらぁ……おとっつぁんとおっかさんも無事に着いたかしら……」
 気丈に振舞っていても気を張っていたんでございましょう、カプセルから這い出した坊やはふぅっと気を失ってしまいます……。
 どれくらい経ったんでございましょう、ふと、大勢の子供の声で目を醒ました坊や。
「……どんな生き物がいるかわからないから気をつけろって、おとっつぁんが言ってたな、ここじゃ見つかっちまう、そうだ、あの草むらに隠れよう……あれが地球人か……おいらと同じでまだ子供かしら? でもおいらよりだいぶ大きいや……」
 R星の人間は大人でも身長三尺ほど、その頃の日本人の平均が五尺くらいだとしてもかなり小さい、まして坊やはまだ身長一尺五寸、やっぱりやって来た子供たちの半分もありません。
 実はR星人は変身能力を持っておりまして、どんなものにでもその姿を変えられるのでございます、ですが坊やはまだ変身の仕方を憶えたばかり、姿は変えられても(かさ)までは変えられない、地球人の子供に化けても身長一尺五寸では却って妙なことになりかねません。
「何か地球の生き物でおいらくらいの大きさなのはいないかしら……おや?」
 坊やが見つけたのは草むらに捨てられていた信楽焼の狸の置物。
「変な格好だけど、これって地球の生き物の形なんだろうな、よし、これに化けて逃げよう」
 置物の狸に姿を変えた坊やは一目散に駆け出しますが、八畳敷きが邪魔で上手く走れません、たちまち子供たちに見つかってしまいました。
「やあ! 狸の置物が走ってらぁ」
「本当だ! あれ生きてらぁ」
「捕まえて狸汁にしちまおうぜ……それっ」
「わぁっ!」
 哀れ、坊やは子供たちに捕まってしまい、縄でぐるぐる巻きにされて木の枝にぶら下げられてしまいます、そこへ通りがかったのが大工の八つぁん。
「おいおい、木に狸の置物なんかぶら下げて何してるんだ?」
「置物じゃないよ、おじさん、こいつ生きてるんだ」
「生きてる? そんなわきゃぁ……おい、本当だ、こいつ、生きてるな」
「これからぶち殺して狸汁にして食っちまうんだ」
「おいおい、そりゃ穏やかじゃねぇな……可哀想だ、放してやんな」
「やだい!」
「まあ、そう言わずに……ほれ、ここに十文あらぁ、これで天ぷらでも何でも買って食いな、その代わりそいつを放してやっちゃぁくれねぇか?」
「おいらたち三人だよ、十文じゃ二つしか買えないじゃないか」
「そ、そうか? お前ぇ算盤ちゃんとやってやがるな……あと二文か……ちょっと待てよ、確かこっちの袂に釣銭が……ほら、あったぜ、こいつをやるよ、これで三つ買えるだろ?」
「うん、わかった、この狸はおじさんにやるよ、狸汁にでもなんでも……」
「そんなこたぁしねぇよ、でもありがとよ」
「わ~い!」
 子供たちが走って行ってしまうと、八つぁんは縄を解いてやります。
「危ない所を助けてくれてありがとう、このご恩は決して忘れないよ」
「へぇ、生きてるだけじゃなくて喋るのか!」

 なぜ坊やが日本語を聞き分けるだけではなくて喋ることまでできるのか……それは高度な自動翻訳機を持ってからなんでございます、空想科学落語と銘打ちますからには科学的な説明も必要でございます、そうでなくとも江戸の芝浜って所で『ん?』と思ってらっしゃる方も多いでしょうから……。

「外にいちゃぁまた子供に見つかっちまわぁ、とりあえず俺の長屋に来な」
「いいの?」
「ああ、一緒に来な……って、歩いてちゃおかしいな、俺が抱えて行ってやるから動くんじゃねぇぞ、置物のふりをしてな」
 ところ変わって八っつぁんの長屋でございます。
「ときに、お前ぇは何もんだ、どうしてあそこに居たんだ?」
「おいら、R星人なんだ」
「R星? なんだ? そりゃぁ」
「ず~っと遠くにある星だよ」
「星? 夜に見える星か?」
「うん」
「にわかにゃちと信じられねぇが……いいだろう、お前ぇはR星からやって来たって信じることにすらぁ、でもよ、どうして? どうやって?」
「R星に隕石がぶつかって粉々になっちまうってんで、おとっつぁん、おっかさんと一緒に宇宙船でR星から飛び出したんだ、長い長い旅をして、やっとこの星を見つけたんだよ、でも宇宙船が故障しちまって、最後は脱出カプセルに乗ってやって来たんだよ」
「おとっつぁんとおっかさんは?」
「脱出カプセルは一人乗りなんだ、だから三人バラバラになっちゃったんだよ」
「そうか、だがよ、二人ともどこかそう遠くないところにいるんだな?」
「うん、無事に着いていればだけど……」
「でぇじょうぶだ、きっと無事だよ……だけど、今はお前ぇ、ひとりぼっちってわけだ……よし、いいぜ、おとっつあんたちが見つかるまでここにいな」
「本当? ありがとう、おいちゃんは親切な人だね」
「まあ、博打さえやらなきゃいい奴なんだがな、ってよく言われるけどな……しかし、お前ぇ、妙な格好だな、信楽焼の狸そっくりだぜ」
「これはこの星の生き物じゃないの?」
「いや、狸って生き物には違ぇねぇんだがよ、そいつを面白可笑しく変えて焼ものにしたのがお前さんのその格好なんだよ」
「そうだったんだ、草むらでこういうのを見つけたもんで、てっきりこの星の生き物かと思って化けたんだよ」
「おい、ちょっと待て……今なんて言った?」
「草むらで……」
「いや、その後だ」
「化けた……」
「お前ぇ、化けられるのか?」
「うん、まだあんまり上手くはできないけど」
「そうかい、ちょっと待ってくれよ……こいつに化けられるか?」
「これは何?」
「サイコロってんだ、どうだい? できるか?」
「うん、出来るよ……これでいい?」
「そんな大きい(サイ)はねぇよ、もちっと小さくならねぇのか?」
「おいらはまだ化けるの憶えたてなんで、大きくなったり小さくなったりはまだ出来ないんだ」
「そうか、残念だな……いや実はよ、俺ぁ博打が好きでなぁ、夕べはすっかり取られちまってすってんてん、さっきのがなけなしの十二文だったのよ」
「え? おいらの為に全財産を……」
「まぁ全財産っちゃぁ全財産だったがよ、十二文じゃそばも食えねぇぜ」
「でもなにか恩返ししなくちゃ……」
「そうだなぁ……子供をダシにするのは気が引けるけどよ、お前ぇのその姿は使えるぜ、物は相談なんだが、ちょいと見世物小屋に出てもらえねぇかな」
「何をすればいいの?」
「曲芸だな、綱渡りとかとんぼ返りとか」
「子供なんで、そう言うのはまだちょっと……」
「そうだよな……いや悪かった、俺が真っ当に働けば良いだけだ、すまねぇ、このとおりだ」
「そんな……頭なんぞ下げないでよ」
「朝帰りで眠いっちゃぁ眠いがよ、小せぇけどお前ぇって言う養うモンも出来たんだ、ちょっくら仕事に行って来るぜ、いいか? ここを出るんじゃねぇぞ、狸汁にされたくなかったらな」
「あ、行ってらっしゃい、うん、わかった、誰か来ても戸は開けないよ……うん……うん…………良い人だなぁ、命の恩人だよ、それに留守番の心配までしてくれて……なにか恩返し出来ないもんかなぁ……そうだ!」

「おう、今帰ったぜ」
「お帰りなさい、疲れてるだろうけど、ちょっと芝浜まで一緒に行ってもらえない?」
「芝浜へ? かまわねぇが何をしようってんだ?」
 二人は芝浜へと向かいます。
「なんだい? こりゃぁ 妙なもんが砂に埋まってるじゃねぇか」
「おいらが乗って来た脱出カプセルだよ、壊れてなけりゃ飛べると思うんだけど」
「飛ぶ? お前ぇがこれに乗ってか?」
「うん、宇宙まで出る馬力はないけど、地面に激突しないように反重力装置が付いているからちょっとなら飛べるはずなんだ、試してみるね」
「おおっ? 本当だ、飛んでるぜ、こりゃたまげた!」
「どう? おいらがこれに乗ってヒョイと顔を出してたら見世物にならない?」
「なる! こりゃ評判になるぜ」
「こんなんで良ければいつまでもやるよ」
「いや、ほんの十日ばかりでいいぜ、確かに今はからっけつだけどよ、子供を働かして遊んでていいわけなんざねぇよ、ちっと当座の金がありゃぁいいんだ、そしたら俺ぁ博打をやめてまっとうに働くことにするぜ」

 八っつぁんが見世物小屋に売り込みますともう一も二もなく是非にも出てくれと。
「東西東西ぃ、これよりご覧に入れまするは狸にございます、狸は狸でもそんじょそこらの狸とはわけが違う、生きた置物、信楽の狸そっくりの生きた狸にございます」
 坊やが舞台に現れて跳んだりはねたりするだけで見物はやんやの大喝采。
「変わった生き物があったもんだ」
「あら、カワイイ」
「さて、この狸、跳んだりはねたりするだけではございません、これなる茶釜に乗って空を飛んでご覧に入れまする、それっ分福茶釜が空を飛びまする!」
 脱出カプセルに乗り込んだ坊やが見物の頭上を飛び回りますと、見物はびっくり仰天、そしてやんやの大喝采!
 もちろん、瞬く間に江戸じゅうの評判になります。
 そしてその評判は坊やのおとっつぁん、おっかさんの耳にも届きます……並ぶようにして飛び出して行った二人は品川の浜に不時着して、地球人に姿を変えて坊やを探していたんですな。
「あんた、狸が空を飛ぶんだって……」
「ああ、ぼうずかも知れねぇ……茶釜ってのはたぶん脱出カプセルだな」
「きっとそうだよ」
「ああ、善は急げだ、今から行ってみようじゃねぇか、その見世物小屋ってのに」
「ああ、ぼうや……無事だったんだね……」

 二人が見世物小屋に足を運びますと、それはまさしく脱出カプセル、乗っているのは狸に姿を変えてはいても坊やに違いありません、おっかさんは堪らずに。
「坊や~っ!」
「え? その声は……もしかしておっかさんかい?」
「そうだよ、おっかさんだよ、無事に会えて良かったよぅ……」
「ぼうず! 今までひとりでよく頑張ったな!」
「あっ、おとっつぁんも……」
 空飛ぶ芸はそっちのけで感動の親子対面となりましたが、その頃の江戸っ子に『飛ぶのをやめるなら金返せ』なんて無粋な輩はいません、何だかわからないけど何だか感動する、涙を誘う、それで良いんでございます、ショービジネスへの対価を量ではなく質で計る、気分を良くしてくれればそれで満足する、真に正しい姿勢でございまして、その点、寄席のお客様はその辺りを良く理解されていらっしゃるので噺家は幸せ者でございます。

「そうかい、おとっつぁん、おっかさんと会えたんだな、良かった」
「ウチの倅が危ない所を助けて頂いたそうで、その上今日までお世話していただきまして、なんとお礼を申し上げれば良いのやら」
「いいってことよ、たいしたこたぁしてねぇよ……ぼうず、良かったなぁ、これからは三人一緒に仲良く暮らしな」
「え? もう見世物はいいの?」
「はなっから言ってただろ? ほんの十日ばかりでいいってよ、なのにずるずるともう二十日も働かせちまったぜ、礼を言わなくちゃいけないのはこっちの方だ」
「でも……」
「いいってことよ、親子は一緒に暮らすのが一番だ」
「ありがとう! おいちゃん、ちゃんと約束を守る立派な人だね」
「約束を守れねぇなんてのは盗人と一緒だよ、そんな奴は八丈行きにでもしてやりゃいいんだ」
「え? 八畳敷き? あれは邪魔でいけないや」

 お後がよろしいようで……。
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