陸席目 漫才台本『比喩表現』

文字数 2,685文字

 え~落語ではなく漫才ですが、どちらも寄席で聴けるものと言うことで……。
 お題に沿って書いたもので、お題は『アスファルト』でした、オチはちょっと時事の話題を……。

              『比喩表現』

「お前は都会育ちやからそうは思わんかも知れんけどな、ワイは田舎育ちやから、やっぱアスファルトジャングルは住みにくいわ」
「お前、今何言うたんや」
「そやから、アスファルトジャングルは住みにくいて」
「アスファルトジャングルってなんや?」
「よう言うやろ? 都会のことをアスファルトジャングルて」
「言わん」
「そないなことないやろ、よう言うがな」
「それを言うならコンクリートジャングルやろ?」
「あ、そうも言う……でも似たようなもんやがな、アスファルトとコンクリート」
「なら訊くけどな、アスファルトでビルが建つか?」
「そりゃ建たへんけどな……そやけど比喩表現や、どっちもいかにも人工的な感じがするやん」
「類型的かつ凡庸な比喩やな」
「そうか? そないなことない思うけどな」
「比喩表現使うならな、もうちょっと上手くやれんか?」
「ほな訊くけどな、上手い比喩表現ってどんなもんや?」
「そやな……『よく磨かれた大理石にも似た打ち放しコンクリートの灰色の肌が月明かりに照らされて青く光り、その冷たい輝きは冷え切った彼の心をなおさらに凍えさせる、故郷の田んぼに美しく映る月は黄色に温かく輝いて見えたものだが……ふと故郷を懐かしく思い思わず振り返ると、雨に濡れたアスファルトを無数のテールランプが流れて行く……こんな都会では星空は望むべくもない、ここではテールランプが星に取って代わっているのだ、その赤い光の流れは血にまみれた天の川のようだ……』こう言うのが比喩表現や」
「なんやえらい詩的やなぁ」
「そやろ? お前のとはえらい違いや」
「でもそれ、おかしいで」
「何がや」
「わいは黄色い月て見たことないで、お月さんてむしろ青白いやないか」
「いや、でもよく絵に描くやろ? 黄色いお月さん」
「あんなんウソや、田舎かて月は青白いで、田んぼに映ってもそうや」
「いや……そやから心象風景をな」
「いくら心象風景言うてもな、青白いのと黄色いのとじゃ違い過ぎんか?」
「心象風景言うのは人それぞれや、人の数だけ心象風景はあるもんやがな」
「そやけどな」
「まだなんかあるんかい」
「最初のとこで、コンクリの壁を青く照らしてたって言うてたで」
「し、心象風景言うのはその時々の気持ちで変わるもんや」
「えらいご都合主義やないか……それにな、田んぼに月がきれいに映る時期って短いで」
「そやから田植えが済んだばっかりの田んぼや」
「田植えは梅雨時やから滅多にお月さん出てへんがな」
「珍しいさかい印象にも残るんやないけ」
「そやけどな、稲が伸びてきたらお月さんかてすだれ越しや、お前の頭みたいにな」
「余計なお世話や」
「秋になれば刈り取られて丸裸や……お前の頭も危ないで」
「言うな、気にしてるんやさかい」
「それにな、テールランプが雨に濡れたアスファルトに映るって、結構道が空いてる時や、車間が詰まってたらアスファルトは見えへんで」
「そやから結構空いてる時に見たんや」
「それくらい空いてる時は天の川には見えへんと思うで、天の川、そんなにまばらやないで」
「いちいち細かいこと言うなや」
「それとな、そもそもお前、どこ歩いてたんや」
「そやから大通りの歩道や」
「道のどっち側やねん」
「え~と……進行方向左側や」
「おかしいやないか」
「何がや?」
「お前、ふと振り返ってみると、て言うてたで、左側歩いてたんなら振り返った時見えるんはヘッドライトや」
「は、反対側の車線を見たんや」
「こっち車線のクルマが邪魔でよう見えんと思うけどな」
「そ、そやかて、見えるには見えるやないか」
「見えてもとぎれとぎれや、とても天の川には見えんと思うで」
「……そやから比喩表現て言うたやろ?」
「見えんもんを見えた言うのが比喩表現なんか?」
「……そや! ワイはビルの窓から道路見てたんねん、そやったらテールランプがアスファルトに映るの見えるやろ?」
「ほう、そないに高いとこから見下ろしてたんか」
「そや」
「お前、視力いくつや? 5.0くらいあると違うか?」
「眼鏡かけて1.0や」
「そしたらそんな遠くから見てコンクリートが大理石みたいに見えるんか? コンクリに映る月が見えるんか?」
「そ、双眼鏡を使こうたんや」
「えらい粘るなぁ、でももっと決定的におかしいとこあるで」
「なんや」
「お月さんが光ってたんやろ?」
「そや」
「じゃぁ、何でアスファルトが雨に濡れてるねん」
「……そ、それは……」
「ホラホラホラ、言うてみぃ」
「て、天気雨や!」
「えらい粘るなぁ」
「そやかて、ありえんことはないやろ?」
「ほな、まとめてみよか」
「なにをや?」
「お前の比喩表現をや」
「そないなことせぇへんでもええ」
「それじゃワイの気が収まらんのや、いいか、行くで……『よく磨かれた大理石にも似た打ち放しコンクリートの灰色の肌が月明かりに照らされて青く光るのを、眼鏡をかけて1.0の視力でビルの窓から双眼鏡で覗くと、その冷たい輝きは冷え切った彼の心をなおさらに凍えさせる、そん時はお月さんが青白く見える気分やったが、急に気分が変わって、田植えが終わったばかりの梅雨時の珍しく晴れた夜の田んぼに美しく映る月が黄色く見えたのを思い出した……ホンマは都会育ちやけど、田舎育ちの気持ちになってみると懐かしく思えるような気がして思わず振り返ると、バンバン走って来るクルマのヘッドライトがまぶしくてよう見えんが、ごくごく珍しい天気雨に濡れた反対側車線のアスファルトを、こっち車線のクルマのすきまから途切れ途切れにテールランプが流れて行くのが何とか見えた……』」
「もうそこらへんにしといてくれんか?」
「降参か?」
「降参や」
「ほな、都会はアスファルトジャングルでええな?」
「ああ、もうそれでええよ」
「ワイの勝ちやな?」
「そうや」
「よっしゃ! 勝ったで」
「そないに言うとるお前の顔は、まるで通天閣のビリケンはんやな」
「そや! それが比喩表現や」
「足の裏こそばいてもええか?」
「言うてることはわかるけど、何もそこまでせぇへんでも……」
「願い事があるんや」
「なんや?」
「漫才できっちり食えるようになりたいんや、会社を通さな……」
「しぃっ! そこらでやめとき」
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