拾弐席目 Pub  80s

文字数 6,105文字


「部長、やっぱり得意先の周年パーティは気疲れしますね」
「そうだな、挨拶も長いしな」
「飲んだ気がしませんよ」
「確かにな……お?」
「どうしました?」
「『Pub'80s』……ちょっと気になるな」
「'80sって80年代のことでしょうかね?」
「多分な……飲み直して行かないか?」
「ええ、いいですよ、僕もちょっと気になりますし」

 ギィ。

「いらっしゃいませ」
「二人なんだけどね」
「かしこまりました、ご案内いたします」
「部長、なんだか随分かしこまってますね、黒いスーツのボーイですか、なんか肩をいからせてますし」
「ありゃ黒服だな」
「黒服? なんですか? それ」
「80年代のディスコじゃボーイにも階級があってな、黒スーツは主任クラスだったんだよ、黒服って言って女の子にもてはやされたもんなんだ、肩パッドもあの頃の流行さ」
「へぇ、そうなんですか、髪型も変わってますね、もみあげを剃ってて」
「テクノカットって言ってな、ああいうのがカッコよかったんだよ……お、ママかい?」
「いらっしゃいませ、ようこそPub’80sへ」
「よろしくな」
「ごゆっくりどうぞ……」
「……部長、なんか体にぴったり張り付くみたいなミニのワンピースで色っぽいですね」
「あれはな、ボディコンって言うんだよ」
「へぇ……髪型もちょっと変わってますね」
「ワンレンって言ってな、ずいぶん流行ったんだぜ、前髪をトサカみたいにおっ立てるのもな」
「羽の扇子もですか?」
「そうそう、ディスコじゃああいう髪型、ああいう格好の娘がお立ち台で乱舞してたもんさ」
「お立ち台って? ヒーローインタビューで使うみたいなやつですか?」
「いや、当時のディスコじゃ人の背丈ぐらいのステージがあってさ、ああいう格好の娘がそこで狂喜乱舞してたんだ、羽の扇子振ってな……ほら、丁度こんな音楽が大音量で流れてたわけよ」
「なんか耳に刺さるような感じですね、でも確かに気分は高揚するかもなぁ」
「ユーロビートって言ってな、70年代の終わりころにディスコミュージックが流行ってさ、それをさらに刺激的にしたような音楽だな」
「でもそういえば、部長って70年代ロックを語り出すと止まらなくなりますよね」
「ああ、80年代の音楽ってのは良くも悪くも商業主義的だからな、俺が好きなのは今でも70年代ロックさ」
「良くも悪くも……って?」
「演奏技術や録音技術、ステージングとかは80年代に長足の進歩を遂げたんだよ、〇イケル・ジャクソンみたいにな、プロモーションビデオを作るようになったのも80年代からだったし……ロックは衰退して行ったけどポップミュージックは劇的に進化したよ、そこは俺も認めざるを得ないな」
「いや、でも、あの服装で、こんなビートに乗って、人の背丈ほどの高い所で踊ってたら……」
「まあ、丸見えだな」
「あ、そうか、店側の客寄せですか?」
「違うよ、れっきとした客さ」
「でも丸見え……」
「そう言う時代だったんだよ」
「それ良い時代っすねぇ……80年代って言えばバブル経済が思い浮かびますけど……」
「まあ、一言で言えば金と色と欲の時代だな」
「あの扇子が金の象徴ですか」
「どう見ても成金趣味だからその一つではあるな、それでボディコンが色な、それを下から眺める男は欲望丸出しだったし」
「踊る方も見せたかったんでしょうね」
「体の線がぴったり出る服だからそれなりにダイエットとかもしてたんだろうな」
「涙ぐましいですね……それはそうと、さっきの名刺、変わってましたね」
「これはテレカだな」
「テレカって何ですか?」
「テレホンカード、公衆電話で使うプリペイドカードだよ」
「初めて見ましたよ」
「そうかぁ、今どき公衆電話もめったにないからなぁ……」
「店の内装も変わってますね、色遣いがポップって言うか、まとまりがないって言うか……」
「これはポストモダンだな、ほら、あの棚もめちゃくちゃポップだろ?」
「確かに……でも、なんかあんまり機能的には見えませんね」
「そうだな、使い勝手よりもデザイン優先だな、アソビゴゴロとか言ってさ、他とは違うんだぞってのがカッコいいとされてたんだよ」
「棚とかも物を置くところが少ないし……斜めの棚板とか使い道ないですよね」
「メン〇ィスデザインって言ってな、実用性は二の次なんだ、物が置けないもんだから結局もうひとつ棚を買ったりしてな」
「そんなことしたら部屋が狭くなるだけじゃないですか」
「ま、他と違うってとこを見せるには多少の我慢も必要だってことさ」
「そうなんですか……それはそうと、この額に入ってるイラスト、爽やかっすねぇ、絵に描いたような美男美女が真っ青な空の下で楽しそうにコンバーチブルを洗車してて……」
「わた〇せいぞうのイラストだよ、ま、彼のイラストはいつでも夏だな」
「そうなんですか? なるほど、背景にはヤシの木ですもんね、どう見ても日本の風景じゃないっすよね、なんか現実感がないや……」
「『夏! 恋! しゃれたリゾートホテルのプールサイドでカクテル!』みたいなのが憧れだったからな、しかもそれが手の届かないものだとは思ってなかったんだよ」
「このイラストの世界を現実に引き寄せようって、相当なエネルギーですね、やっぱりバブルの成せる業ですかね?」
「そうだな、空前の好景気だから確かに金回りは良かったけどさ、その分それなりにみんな忙しかったな」
「そうでしょうねぇ……」
「まあ、あくせく働いてたけどさ『俺もバッチリ稼いで可愛い彼女とビーチリゾートしたり外車買ったりするんだ』って思えば頑張れたわけよ」
「そう言う欲がバブル経済を支えてたんですね?」
「確かにそういう一面はあるな、だけど振り返って見れば、逆にこう言うインテリアとかイラストが需要をひねり出してのかもしれないな」
「ひねりだすんですか? 引き出すんじゃなくて?」
「そう、潜在的需要を掘り起こすんじゃなくて、元々なかったはずの需要を無理やり作り出すんだよ、『車を持ってないと負け組だ、外車じゃないとモテない』みたいな煽りでな」
「へぇ、外車がモテる条件なんですか? ピンときませんけど」
「今はなぁ……若者の車離れって言われ出して久しいし、軽も随分増えたしな」
「だって軽で充分じゃないですか、トラックやバンじゃなきゃ運べないくらいの荷物があるなら別ですけど」
「確かに実用的には軽で充分だな、でもあの頃は外車やスポーツカーなんかを乗り回すのがカッコよかったわけよ、他者との差別化ってやつだよ、俺はこんなにセンス良いんだぜ、金も持ってるんだぜってアピールさ」
「そうなんですか……どうもピンとこないや」

「いらっしゃいませぇ、聖子で~す、よろしくぅ」
「お、聖子ちゃんって言うの? ブリっ子ぶりが板についてるなぁ、髪型も聖子ちゃんカットそのものだし」
「似合いますぅ?」
「似合う似合う、可愛いよ」
「もぉ! お客さんったらぁ、ホントのこと言っちゃってぇ」
「……部長、さっきのワンレンボディコンとはだいぶ様子が違いますけど、こういう女性も80年代の流行りだったんですか?」
「松〇聖子って、知らない?」
「名前くらいは知ってますけど」
「絵に描いたようなアイドルだな、むしろ現実感がないって言うか……」
「今じゃCGのアイドルも存在しますけどね」
「さすがにあれは絵だからな、それとはちょっと違うんだ、実在はしてるんだけど現実感はないって言うのかな、応援しても良いけど触っちゃいけない、触ったら夢が壊れちまう、そんな憧れを具現化したような存在だったわけよ、アイドルってのは」
「『会いに行けるアイドル』とは違うんですね」
「そう、そもそもアイドルって言葉は偶像って意味だからな、その意味じゃ会いに行けるアイドルなんてありえないんだよ、女の子はアイドルみたいになりたいって思ってたかもしれないけど、男は実際の彼女に出来るなんて考えなかったな」
「ある意味お立ち台の女性とは対極ですね、あっちはむしろ見て欲しい、触って欲しいみたいな感じなんでしょう?」
「そうだな、確かに男から見てもエッチできそうな異性の代表みたいなもんだったかもしれないな、その意味では対極だけどさ、ああいうのをモノにしようと思ったらやっぱ外車が要るわけよ」
「なんだか現実と虚像のせめぎ合いみたいですね」
「上手いこと言うなぁ、確かに見栄の張り合いなんだけどさ、それを現実とはき違えてたようなところはあったかもな」
「あ……このBGM、聞いたことがあるような……」
「ああ、これはテクノポップだよ」
「ちょっとパフュームみたいな感じですね」
「確かに通じるものがあるな、でもこれはYMOだよ、知ってるか?」
「名前くらいは聴いたことありますけど」
「イエローマジックオーケストラの略でな、この曲は『Rydeen』だな」
「なんか電子音が入ってますね」
「そう、当時のコンピューターゲームの音を模してるんだ」
「当時のゲームってどんなだったんですか?」
「ファミコンが発売されたのが83年だったからな、70年代の終わりごろから80年代初頭はゲーセンとか喫茶店にテーブルゲームが並んでたんだ、100円入れて遊ぶ奴な」
「へえ、ゲーセンはかろうじて知ってますけど、喫茶店にゲームってのは初耳ですよ、なんか違うような気がしますけど」
「まあ、全部の喫茶店にあったわけじゃないよ、落ち着いた純喫茶もちゃんとあったけど、大衆的って言うか、商店街の外れにあるような喫茶店にはゲーム機とか漫画とか置いてあって、学生とかの溜まり場になってたな、インベーダーゲームって知ってるか?」
「あ、それ知ってます、友達が『懐かしのゲーム100選』みたいなの持っててやったことあります」
「CGしょぼかったろ?」
「正直言って……そうですね、ドットが荒いとかってレベルじゃなくてドットがそのまま動いてるだけみたいですからね」
「当時はあれが限界だったわけよ」
「30年以上前の話ですもんね……あ、BGMが変わりましたね、これも聴いたことがあるな」
「大瀧詠一の『君は天然色』、この曲が入った『A LONG VACATION』ってアルバムは必携盤だったな、発売はぎりぎり70年代だったけどな」
「今聞いてもあんまり古臭くは感じませんね」
「そうかい? 嬉しいねぇ、俺もファンで擦り切れるほど聴いたもんさ、早く亡くなったのが残念だったなぁ……」
「あ、そうか、『A LONG VACATION』ってタイトルって……」
「そう、80年代の空気を作り出したものの一つと言っても過言じゃないだろうな、なかったはずの需要をひねり出すキーワードになったわけよ、多分大瀧詠一にはそんなつもりはなかったんじゃないかと思うけど、これが売れたのに目をつけた広告代理店とかがこの世界観を利用したんだろうな」
「なるほど……」
「まあ、金余りの時代だったからさ、遊びは本格化したよな、海外旅行が当たり前になったしな」
「へぇ、海外旅行が一般化したのってその頃からなんですか」
「ああ、何しろ景気が良かったし円高も後押ししたんだろうな、A LONG VACATINの世界に手が届くようになったんだ、ディズニーランドも80年代半ばに開園したんだぜ」
「そうなんですか、産まれた時からありましたから、もっとずっと前からあったんだと思ってました」
「旧来の遊園地からテーマパークへ舵を切った時代だったんだな、お父さん、お母さんが子供を連れて行く場所から若者がデートに使う場所に変わったんだ」
「へぇ、それも遊びの本格化なんでしょうね」
「ファミレスってのも80年代からなんだよ、それまで庶民の外食って言えば蕎麦屋や中華料理屋だったのが、ちょっと垢抜けた感じの店で洋食を食うようになったんだ、外食のレジャー化だな……ところでさ、食い物って言えば、何かつまみを頼まないか?」
「ええ、パーティじゃあんまり食えませんでしたし……え~と……『究極のウインナ盛り合わせ』ってどんなのでしょうね」
「どれどれ? 『至高のチーズ盛り合わせ』ってのもあるな」
「究極とか至高とか、何なんですかね?」
「グルメブームってのもあったんだよ」
「へぇ、やっぱり遊びの本格化ですね?」
「そうさ、彼女を高級レストランに連れて行く、なんてことが夢物語じゃない時代になったってことさ、もっともな、にわかグルメだから必死で調べて、『このワインはなんたらかんたら』とかやってたわけよ、俺も経験あるけどさ、多分1,000円のワインと10,000円のワインの違いなんて分かってなかったと思うよ」
「見栄……ですか?」
「そうだな、需要の演出に踊らされてたわけだな……まあ、でも、当時の彼女が今の女房なんだけどな」
「頑張った甲斐はあったわけですね?」
「まあ、それで良かったのかどうかは疑問だけどな」
「そんなこと言ったら奥さんに怒られますよ」
「ははは、まあ、でも、時代の空気に踊らされてたのかもしれないけど、それなりに贅沢も出来る良い時代だったと思うよ、そんな俺らも結婚して、子供が出来た頃にはバブルがはじけて不況の時代になって、それでも教育費はかかるしマイホームは欲しいし、地道に必死で生きてきたわけよ……気が付いたらロングヴァケーションの世界はどこかへ消えてて、人並みの生活ができることに満足して生きて来たんだなぁって思うよ……」


「部長、どうもごちそうさまでした」
「いや、何だかこっちのノスタルジーに付き合わせて悪かったな」
「いえ、でも楽しかったですよ、興味深かったです」
「そうかい? それなら良いんだけどな……♪今の君は~ピカピカに光って~」
「それも80年代ソングですか?」
「あ、つい懐かしくて口ずさんじまったな、CMソングだよ、カメラのCMでさ、宮〇美子が木陰でTシャツとジーンズを脱いでビキニになるってシーンが印象的でさ」
「宮崎〇子って、クイズ番組とかに良く出てる、あの〇崎美子ですか?」
「そうだよ」
「ビキニになるって……」
「40年前のCMだよ、まだ20歳そこそこだったんじゃないか? ポチャッとして可愛かったんだぞ」
「今でも魅力的だと思いますけどね、博学なのに親しみやすい感じで……あ、部長ファンだったんですか?」
「まあな」
「もしかして、奥さんは似てたとか?」
「う~ん、まあ、少しだけな……でもさ」
「なんですか?」
「今の女房を見ると40年の月日が経ったことを思い知らされるよ……これ、絶対に内緒だぞ……俺も人のこと言えないしな」
「わかってますって……僕も2010年代の事とか振り返る日が来るんですかねぇ」
「多分な」
「その時は部下に奢りますよ、10年代カフェで」

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