七席目 翼をください ~落語バージョン~

文字数 5,044文字

 コメディ小説として投稿してある『翼をください』の落語バージョンです。
 落語協会の新作落語台本コンテストに『応募するために落語化しましたが、残念ながら……。
 原稿用紙15枚に収めるために多少ストーリーに手を入れています。




             『翼をください』

「健一よ……健一よ……」
「う~ん……はっ? ここはどこ? なんだか霧が立ち込めてて雲の上みたいな……あ、僕はもしかして死んじゃったんですか!?」
「大丈夫じゃよ、事故のことは憶えておらんのか?」
「え~と……思い出しました、男の子が車道に飛び出して車に轢かれそうだったんです」
「そうじゃ、お前はその子を助けたんじゃよ、なかなか格好良かったぞ、すんでのところで子供を抱え込んで道路に転がったんじゃが、その時にちょいと頭を打ってな……いやいや大丈夫じゃよ、脳震盪を起こしただけじゃ、直に治る、男の子も無事じゃよ」
「ああ……そうなんですか、良かった……ところであなたは?」
「ワシか? ワシは神様じゃよ」
「自分で『様』って……」
「お前たち日本人はそう呼ぶじゃろ?」
「英語だとゴッドですよね、ミスター・ゴッドとかサー・ゴッドとか言わないですよね」
「まあ、ゴッドそのものが尊称じゃからな、ドクターとかプロフェッサーとかと同じで」
「だったら日本語でも『神』で良いんじゃないですか?」
「う……まあ、それは確かに理屈じゃな」
「神、どうしてあなたが僕の前に?」
「う~ん、なにかしっくり来んが……まぁいい、お前は我が身の危険も省みずに子供の命を救った、褒美として望みをひとつ言うが良い、なんなりと叶えてつかわすぞ」
「なんでも……ですか? 神」
「う……やっぱり違和感があるのぅ……ああ、なんでもじゃ……じゃが、言っておくがひとつだけじゃぞ、それと他人を巻き込む願いは無しじゃ」
「他人を巻き込むとは?」
「たとえば綾瀬はるかを嫁にしたいとか」
「あ、はるかちゃんのファンなんですか?」
「う……まあ、そんなことはどうでもよろしい……あのな、早くして貰えんかの、ワシもこう見えて忙しい体なんじゃよ」
「でもなぁ、いきなり願い事を決めろと言われても……それにひとつだけなんでしょう?」
「次の予定が詰まっておるんじゃよ、残り一分以内に願いを言わんとこの話はなかったことにしようかの……五十秒……四十秒……」
「あ、待って、そんな囲碁の対局みたいに……そうだ! 翼をください」
「翼を?」
「はい、悲しみのない自由な空を飛んでみたいんです、翼をはためかせて」
「なんだか聞いたような台詞じゃな……まあ良い、その願い、叶えてつかわすぞ」

 健一が夢の中で神……様と話している時、病院には血相を変えた母親が駆け込んでまいります。
「先生! 健一が交通事故に遭ったって本当なんですか!? 健一は! 健一は無事なんでしょうか!?」
「お母さんですね? そう慌てなくても大丈夫ですよ、車に撥ねられたわけじゃありません、道路で頭を打って脳震盪を起こしただけです、脳波や血管も調べましたが異常はありませんよ、傷跡が残るようなこともないでしょう」
「ああ……良かった……健一に会えますか?」
「ええ、もちろんです、こちらの病室になります……わぁっ!」
「え~~~~~っ!? 健一! 何なの!? それ!」
「う~ん……ああ……母さん、なにをそんなに……わあっ!」
「そ、それは何?……」
「翼だ……願いを叶えてくれるって本当だったんだ……」
「健一、腕は? お前の腕はどこに行ったの!?」
「え? わあっ 腕がない、腕が翼に変わってる~~~~」

 その晩、健一は一心に神に祈ります。
「神様……神様……」
「よっ、また会ったのぉ、そうそう、そうやって素直に神様って呼んでくれれば良いんじゃよ、どうじゃ? 気に入ったかの? ワシの贈り物は」
「冗談じゃない、僕の腕は、腕はどこに行ったんですかぁ?」
「翼に変えたんじゃよ、それが何か?」
「『それが何か?』じゃありませんよ、腕がないと困るじゃないですか」
「そういう願いじゃなかったのか? 悲しみのない自由な空を飛びたいとか何とか」
「いえ、僕のイメージとしてはですね、腕はちゃんとあって、それとは別に背中に羽が生えていて空を自由に飛べると言う……」
「ああ、それは無理じゃな」
「どうしてですか?」
「翼があってもそれを動かす筋肉がないと飛べんじゃろう? 背中に翼が生えていても動かせん、羽ばたくには強靭な大胸筋が必要なんじゃよ」
「だ、だって神様は背中に羽があって飛べるじゃないですか、天使とか悪魔とかも」
「ああ、これか? これはまあ、飾りのようなもんじゃよ」
「飾り?」
「これをはためかせたからと言って空を飛ぶほどの力は出せんよ」
「でも現に飛んでるじゃないですか」
「これは翼で空気を捉えて飛んでるわけじゃないんじゃ、まあ、一種の無重力状態を作ってじゃな……あ、ほら、死神は翼なしでも飛んでおるじゃろ?」
「だったらなんで翼がついてるんですかぁ?」
「これがないと人間と区別がつきづらいじゃろ? まあ、看板のようなもんじゃ、死神は翼の代わりに大鎌を看板にしておるがの」
「わかりました、わかりましたよ、もう良いです、翼は要りませんから腕を返してください」
「う~ん……」
「ちょ、ちょっと……何を悩んでるんですかぁ?」
「もう願いはひとつ叶えてしまったからのう」
「え~っ? いや、これは願いを取り下げるってことであってですね、もうひとつ願い事をするって事とは違うと思うんですけど」
「ワシ自身はそう言うのもアリかな? って思うんじゃけどな」
「だったら良いじゃないですか」
「いやいや、神仲間には結構うるさいやつもおるんじゃよ、融通の利かない細かいやつがの……次の神会議で問題視されるかも知れんなぁ」
「そこをなんとか」
「あいつら理屈っぽいんじゃよ、願い事規定第二条第一項に違反するとか、公平性を欠くとか、例外を認めると拡大解釈が横行しかねないとかな」
「そんなぁ~、何とかお願いしますよ」
「そうは言われてもなぁ……よし、決めた!」
「じゃ、腕は……」
「諦めてくれ」
「え~っ!!!!」
「ま、そのうち慣れるじゃろうて、それにほら、お前は世界に一人の鳥人間なんじゃぞ、ナンバーワンでなくてもオンリーワン……」
「何を古い歌を」
「翼をくださいって方が古いじゃろうが、ま、達者で暮らしてくれ」
「あ、待って、消えないで! あ~っ! 待て! 消えるな! 神! 腕ドロボ~っ!!」
「人聞きの悪い……ま、健闘を祈っとるよ」
「わ~~~~~~~~~っ!」

 というわけで、健一は鳥人間として暮らしていくことになりまして……。

「おい、健一、翼が邪魔だぞ」
「仕方ないじゃないか、片っぽだけで三メートルあるんだから畳みきれねぇんだよ」
「何でそんなに長いんだよ」
「これくらいないと飛べないらしいんだ」
「お前、まだ飛んでないじゃん」
「しょうがないだろ? こんな大きな翼を動かすには少なくとも厚み五十センチの大胸筋が要るらしいんだよ」
 昼時ともなりますと。
「なあ、弁当のおにぎり、机に並べてくれねぇ?」
「ああ、いいよ……だけど、どうやって食うんだ?」
「こうやって口から迎えに……」
「ついばんでるって感じだな」
「ほっとけ」
「おかずとかねぇの?」
「それこそどうやって食うんだよ、お前、あーんしてくれるか?」
「ああ、それはちょっと断るね」
 ですとか。
「健一、羽を一枚くれねぇ?」
「いいけど風切羽は抜くなよ……あ~っ! それはダメだってば、そうそう、それなら一本くらい良いけど……何に使うんだ?」
「羽ペンって一度使ってみたかったんだよ」
 ですとか、はたまた。
「健一く~ん、羽少しもらえないかなぁ」
「良いけど、何に使うの?」
「サンバカーニバルの衣装飾り」
「いや……その量だとちょっと……」
 ほとんど見世物でございます。
 でも悪いことばかりでもありません、何しろ目立つ事だけは請け合い、真っ白な羽で手触りすべすべなんで女の子が触りたがります、それに常に翼の重量と風圧に晒されてますんで一日中筋トレをやっているようなものですから見る見るうちに健一の大胸筋は発達してムキムキになってまいりまして……真っ白なすべすべの羽とたくましい胸、『健一君のハグ』はたちまち学校中の女子の憧れになってまいります。
 しかも羽毛ですからあったかい、冬ともなりますと、女の子たちはもっと寄って来るようになりまして……『健一君、北風が寒~い、ハグして~』
 そうこうしている内に大胸筋はどんどん厚みを増して行きまして、羽ばたいて浮き上がるまでは行きませんが、翼を支えられるようになってまいります。
 翼に風を受ける感覚を覚えますと、飛んでみたくなるのが人情、そもそも飛んでみたいという願望が強い健一でございます、最初は朝礼台から、次は二階の窓からと徐々に飛び降りる高さを増して行きまして……。
「健一君! 止めるんだ、危険だぞ、屋上から降りてきなさい!」
「校長先生、大丈夫ですよ、僕には翼があるんですから」
「飛べるとは限らないだろう? もしものことがあったらワシはクビだ!」
 青ざめる校長を尻目に健一が大きく翼を広げますと『飛~べ! 飛~べ! 飛~べ! 飛~べ!』の大コールでございます、それを受けて健一は屋上の床を蹴ります。
「南無三!」
「わ~!!!」
 頭を抱えた校長の背中に降りかかる大歓声、校長先生が恐る恐る顔を上げて見ますと……。
 空中に躍り出た健一は見事に滑空しております、なにしろ自前の翼ですから自由自在、急降下でスピードをつけて更に高く舞い上がり、風を捉えて旋回してと、健一は大空散歩を満喫しております……しかし……。
「あっ! 危ない!」
 近所のマンションのベランダに子供の姿、エアコンの室外機に登って遊んでおりますうちにバランスを崩して……。
「間に合ってくれ!」
 五階のベランダからまっさかさまに落ちる子供! 急降下で落下地点に向かう健一!
 なんとか間に合いそうだ! しかし忘れてはいけない! 健一には腕がない!
「くっそー! これっきゃない!」
 地面すれすれで健一は翼を丸めるようにして子供を抱きかかえます、ですが急降下のスピードは相当なもの!
 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……キュウ。
 子供を抱えたまま地面を十メートルほども転がった健一はまたしても脳震盪。

「よう、久しぶりじゃな」
「あっ! あなたは神!……様……」
「ほう、ちょっとは素直になったようじゃな、ところでまた子供を助けたそうじゃな」
「あ……もしかして……」
「そうじゃよ、願い事をひとつ叶えてやろう……ただし! 身にしみてわかっとるじゃろうが願い事はひとつだけじゃぞ」
「だったら迷うことなんかありません」
「ほう」
「腕をください、悲しみに満ちた不自由な、それでも愛すべき人間世界で生きていくために」
「結構楽しそうに飛んでいたみたいじゃったが?」
「ええ、楽しかったですよ、でもやっぱり普通がいいんです、翼より腕が欲しい」
「そうか……じゃがな、その大胸筋を見てみろ、並みの腕では釣合わんぞ」
「だったら、『この大胸筋に見合うだけの逞しい腕をください』これでどうです? これなら願い事はひとつでしょう? どうせ貰えるなら逞しい腕のほうがいいし」
「その願い、しかと聞いた、じゃが、後であーたらこーたら文句をつけるなよ」
「え? それってどういう意味……あ、また神が消える、神~! 神~! 消えるな~!  
 逃げるな~!」

「先生! 健一は! 健一は無事なんでしょうか?」
「お母さんですね? 大丈夫ですよ、滑空のスピードが速かったんですぐには止まれなかっただけで、脳波にも異常はありません」
「ああ……良かった……健一に会えますか?」
「もちろんです、この病室ですよ……わあっ!」
「ええええええええええっ! 健一、何なの? それ?」
「え?」
 厚さ五十センチの大胸筋とそれに見合う腕、その姿はまるで……。
(ゴリラが胸を叩く仕草でオチ)
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