15)生活が豊かになるインフレと、貧しくなるインフレ

文字数 2,603文字

(じいちゃん)

 2024年現在の日本はインフレの状態にある。長年、多くの識者が「デフレは悪いものだ、物価目標2%を達成するマイルドインフレが日本経済を良くする」と言っていた。だが、実際にインフレ率が2%を超えた現在、私たちの生活が良くなったとは思えない。

 そのため、世間にはインフレを嫌う声が日増しに大きくなっている。インフレ率が目標を達成したのに、人々の生活は良くなるどころか、苦しくなる一方だ。なぜこんなことになったのだろうか。

 実は、インフレには「生活が豊かになるインフレ」と「生活が貧しくなるインフレ」のニ種類があるのじゃよ。

(ねこ)

 ふにゃー、生活が豊かになるインフレなんて、あるのかにゃ?インフレはすべて人々の暮らしを貧しくするものじゃないのかにゃ。

(じいちゃん)

 いやいや、生活が豊かになるインフレがある。日本も過去に、それを経験しておるのじゃよ。それが高度成長期じゃ。高度成長期はインフレ率が年率5%を超える高いインフレ状態じゃった。もしインフレが生活を貧しくするものだったら、今頃、日本は貧困地獄に陥っておるじゃろう。

 じゃが、その高いインフレの時期に、人々の所得はインフレ率を遥かに上回るスピードで増え続けたのじゃ。そのため、むしろ人々の生活は格段に向上し、豊かになったのじゃよ。つまり、インフレが貧しさをもたらすのではなく、賃金などの所得が増えないことが貧しさをもたらすのじゃ。

 今の日本のインフレ率は、高度成長期よりもはるかに低い。それでも生活が苦しくなるのは、賃金などの所得が増えないからに他ならない。従って、我々が求めるべきなのは、インフレを止めることよりも、賃金などの所得を増やすことにあるのじゃよ。

(ねこ)

 でも、高度成長期のインフレと今のインフレは何が違うのかにゃ。

(じいちゃん)

 それは、高度成長期のインフレは「デマンドプルインフレ」と呼ばれるもので、今のインフレは「コストプッシュインフレ」と呼ばれるものだからじゃ。およそ、前者は良いインフレで、後者は悪いインフレと思って良い。

(ねこ)

 うにゃ、へんな英語が出てきたにゃ。難しそうだにゃ。

(じいちゃん)

 難しいことはないぞ。まず、デマンドプルインフレについて説明しよう。

 デマンドプルインフレの「デマンド」とは需要のことじゃ。国民がおカネを潤沢に持っていると、人々には様々な商品を買おうとする欲求が生まれる。この欲求が需要じゃな。こうして需要が高まると、商品がどんどん売れるようになり消費が増える。すると市場では商品が足りなくなる。値上げしても売れるので、商品を値上げする事業者が出てくる。こうして物価が上昇する。これがデマンドプルインフレじゃ。

 デマンドプルインフレは、良いインフレじゃ。

(ねこ)

 どうしてデマンドプルインフレは良いインフレなの?

(じいちゃん)

 需要が増えて商品がどんどん売れる状態だからじゃ。商品がどんどん売れれば、企業はもっと売りたいと考える。そのため企業は新商品の開発や、生産設備への投資をおこなうようになる。すると、より高性能な商品が、より多く生産されるようになる。また、売上が増えれば、従業員の賃金も増える。つまり、経済が成長して豊かになるのじゃ。

 とはいえ、あまりにも需要が高すぎると、企業がいくら投資しても商品の生産がまったく間に合わなくなり、インフレ率がどんどん高まる場合もある。さすがにそうなると、社会に歪みが生じる可能性もあるので、インフレ率は年率2%とか3%といったあたりが良いとされるのじゃよ。

(ねこ)

 ふ~ん。じゃあ、悪いインフレは?

(じいちゃん)

 コストプッシュインフレじゃ。「コスト」とは費用や原価」のことじゃ。コストは、国民の持っているおカネの量とは関係がない。商品の原材料の価格が上昇したり、輸入品の価格が上昇したりすると、商品の価格を値上げせざるを得なくなる。これによって物価が上がることをコストプッシュインフレというのじゃ。

 国民の持っているおカネ、国民の所得は変わらないのに、商品の価格だけが上昇する。これは国民の生活を苦しくするだけのインフレじゃ。コストプッシュインフレになると、多くの国民はおカネを節約しようと考えるようになり、商品が売れなくなる。インフレと同時に不況になる。

 価格が上がるので、見かけ上は売上の総額が増えるが、コストが上がるので企業の利益は増えない。仮にわずかばかり給料が増えても、物価がそれ以上に上がり続けるので、実質的に人々の生活は徐々に貧しくなってゆく。

(ねこ)

 それじゃあ、日本はコストプッシュインフレなのかにゃ。

(じいちゃん)

 どちらかと言えば、コストプッシュインフレじゃな。所得の増加よりも、物価の上昇の方が大きい。だから生活が苦しくなる。問題は今後、国民の所得が増えるかどうかじゃ。国民の所得は主には企業の賃金じゃが、公務員の給与、年金や社会保障も所得じゃ。それらが増えるようになれば、デマンドプルインフレに変化することも考えられる。

(ねこ)

 どうすれば、デマンドプルインフレになるんだにゃ。

(じいちゃん)

 消費が増えることじゃ。賃金や年金の増加によって国民の所得が増えて、そのおカネで国民が消費を増やすようになれば、企業の売上が増えて、新商品の開発や設備投資が行われるようになる。売上が増えることで賃金も上昇する。

 2024年の春闘では、大企業の大幅な賃上げが発表されておる。じゃが、これが消費の拡大につながるかどうかは、まだわからない。もし思うほど消費が増えなければ、企業の売上も思うほど増えず、賃上げの勢いも先細りになるじゃろう。

(ねこ)

 消費の拡大を確実にするためには、どうすればいいのかにゃ?

(じいちゃん)

 それはもちろん、国民におカネを給付することじゃ。所得が増えるのであれば、それが賃金であろうと年金であろうと、給付金であろうと同じじゃ。所得が増えれば、消費は増える。そのためには、政府がケチケチせずに、国民に給付金を配るべきじゃろう。

 現代社会では、どのみち、誰かが借金を負わねばならない。そして、日銀が保有する国の借金(国債)は、事実上の借金ではない。そうした事実を踏まえるならば、政府は国債を発行して、国民に給付金を配り、賃金と物価上昇の好循環(=デマンドプルインフレ)を確実なものにするべきじゃろう。 
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