第8話 可愛いおばあちゃん

文字数 790文字

 いつもニコニコして、何を言っているのか分からない。
 でも、ニコニコして、こっちを細い目でじっと見て話す、おばあちゃんもいらっしゃった。
 その人の世界へ、わたしは安直に持って行かれる。
 それは、わたしに限らず、多くの職員がそうであったようだ。
 支離滅裂なことを言っているのだが、どうしてか微笑んでしまう。
 そのおばあちゃんの持つ、人の良さ。品、愛嬌。
 そのようなものが、ふんわかとわれわれを包み込む。

 初めて介護施設に勤めた時、わたしは一生懸命おばあちゃんの話を聞いた。
 そしてもちろん、真剣に対した。わけのわからないことを言われても、その話の方向性を自分なりに解釈して、話をした。
 その姿が滑稽だったのか、職員も心から微笑んで、そのやりとりを見ていてくれた。他のおばあちゃんも、自然と話に加わってくれた。

 みんな、歳をとって、認知症になる人はなる。
 しかし、やっぱり、フツウの人間関係と、そんなに大差はないと思える。
 相手はこういうことを言いたくて、こう言っているんだろうな、と想像することは同じだし、こちらが解釈したことが、相手の言いたかったことと同じかどうかも定かではない。
 もし違いがあるとしたら、「忘れる」時間が早く訪れること、そしてこちらが言ったことを相手が覚えていない、こちらは覚えている、そこから来るスレ違い。

 でも、ちょっと大きな山の上に立って、俯瞰するように物事を見るならば、時間が経てば「健常者」だって忘れるのだ。肝心なことを忘れて、どうでもいいことを覚えていたり、相手は重要な意味で言ったことを、こちらがたいして重く受け止めなかったりする。
 相手と、ほんとうに解り合うことはできない。だから、解ろう、とすることができる。それで、いいのではないか。完璧を求めるなんて、自己満足の最たるものだ。

 わけがわからない。それが、ニンゲンの、ほんとの姿のようにも思う。
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