第7話 歌うのが好きなおじいちゃん

文字数 1,209文字

 10人の入居者さんのいるフロア。
 9人がおばあちゃんで、おじいちゃんはひとりだけ。
 介護職員も女性ばかりで、私はそのフロアに行く時は、そのおじいちゃんによく話しかけた。
童謡が好きなおじいちゃんで、コピーした歌詞を渡し、ふたりで歌っていると、そばにいたおばあちゃんも歌い始めた。
 またコピーして、おばあちゃん達にも渡す。
 みんな、歌を歌うのが好きなんだ。
 デイみたいな、「園児をあやす」ようなやり方は好きでない。自然に、みんなが歌いたい雰囲気になったので、私は汗をかいてみんなと一緒に歌った。
 職員は、なんだか冷たい目で私を見ていた。

「その時、楽しいからって、それでいいわけではない」
 どうしてだろう。楽しそうにしていちゃ、いけないのかな。
 入居者さんのご家族がみえたら、普段の様子を、なるべく伝えようとした。家にいた時の様子も知れるし、ご家族さんもこちらでの生活を知りたいだろう。
 しかし、あんまりご家族さんと接触する職員はいなかった。どうしてだろう。

 私ばかりが、イイカッコしてるように思われたろうか。
 自分が、イイとしてすることが、まわりの人に、イイと思われるとは限らない。
 介護現場の、つらいところだった。

 なんだかんだ、縁があって、10人、同じ場所にいる。
 ひとりが同じことを繰り返し言い、まわりがイヤがっても、それを笑って許せるような雰囲気にしよう、とした。
 こちらも我慢強く接していれば、まぁ、がんばってるんだ、みたいに見られて、まわりのおばあちゃん達も、「うるさい」と言わないようになって、嬉しかった。
 でも、こんな努力は、どうでもよかったのかもしれない。
 職員どうしの人間関係が第一で、入居者さんのことは二の次で、よかったのかもしれない。

 どうせ仕事なんだから。
 でも、仕事である前に、人間どうしの、関係って、重要に思えた。
 認知症だって、チャンと何か雰囲気を感じて、まわりを感じて、空気を感じてる。
「生きてりゃいい」のは基本だけど、同じ場所で、生きてる人たちだ。
 でも、きっとよかったんだよな、そんな一生懸命やらなくても。

 お金をくれようとしたり、お菓子をくれようとされたりした。でも、そういうのはNG。
 ほんと、元気で、1日1日、いてくれたら、それで嬉しかった。

「わたしが家にいると、家族に迷惑が掛かるので、ここにいるんですよ」
 ニコニコと、まっすぐ私を見つめて話してくれた。
「新しい歌、またコピーしてくるね」、そう言って、なかなかできず、しわくちゃになったコピーをいつも大事そうにしていたおじいちゃん、今も元気かな。

「どうせボケていくんだから」
 そのボケてく時間を、なるべく先延ばしに、できるものならしたかった。
 何ができるわけでもなかったけれど、入居者さんのこと、よく考えてたつもり。
 でも、所詮、仕事だったんだよな。人間関係なんて、なあ。
 なんかよく分からんわ。
 とにかく自分はダメだった。
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