第5話 接し方

文字数 1,334文字

 実の親と、義理の親。
 私の両親は、もう亡くなっているけれど、何年ぶりかで会った時、その老いた顔に、愕然としたものだった。

 今、私の連れ合いの両親が、やはり老いている。その父は、もの忘れが、きっとひどい。そして母は、そうとう認知症が進んでいる。
 だが、やはり私には、どうしてか、この両親が愛しく見える。
 先日、正直に言った。「お母さん、以前はどこか厳しい感じがしてたんですけど、今はとても穏やかで、優しくて、とても可愛いと思います」というようなことを。

「あら、ありがとうございます、嬉しいわあ」屈託のない笑顔で、笑われる。
「髪の毛も、とてもいい色ですね。美容院で染めてるんですか?」ほんとに薄い青色の、素敵な髪の色だった。
「いいええ、シュッシュッって、やってるだけなんですよ」
 これには、私の連れ合いのお姉さんも、「いやあ、染めてるでしょ、美容室で」と抗議したが、「シュッシュッって自分でやってるのよ」と言い張る。

 そしてお父さんが、「チャンとお礼を言いなさい、誉められたんだから」
 促されたお母さんは、「どうもありがとうございます」と深々と、10秒位、私に頭をずっと下げていた。そんなつもりじゃなかったので、恐縮する。

 そのお父さんは、前夜、みんなで蕎麦屋に行った帰り、歩き疲れたのか、杖をつきながら、しんどそうにしていた。「情けない、チャンと歩けなくて…」みたいなことを言って。
 そのことを思い出して、その時言えなかったことが、今は言える雰囲気になったので、「お父さん、昨日、歩けなくて情けないなんて言ってたけど、全然情けなくないですよ。転ばぬ先の杖で、チャンと歩けるんですもん」

 何がウケたのか、分からない。お母さんもお父さんも楽しそうに笑っていた。

 居間の電球がひとつ、消えていた。椅子に上って、交換する私を、お姉さんが、そんなことしなくてもいいのに、という感じで見ていた。
 お姉さんは、会社の社長みたいなことをやっている。会社勤めのできない私と、対極にあるような人で、私はどぎまぎしてしまう。
「社会の外にある人間と、内にある人間は、交じり合うべきではない」と孔子も言っていた。
馴れ馴れしく、他人?の親と仲良くする私を、あまり良い目で見ていない感じがした。得意の被害妄想かもしれないが…おたがい、「別世界に住んでいるな」という印象をもった感じがする。きっと私は無責任な、いい加減な人間なのだ。

「よくあんなにしゃべれるなあ、ってお姉さん、感心してたわよ」と連れ合いに言われたが、もし私の実の親だったら、あんなふうに素直になれなかったと思う。ワンクッション、置いた関係だから、いい緊張感も手伝って、お父さんお母さんにとっても新しい、不思議な関係であると思う。お会いしたのは、4、5回目だった。私のことなど覚えていないかもしれないけれど、それでいい。いや、いいもわるいも、ない。

 2泊、お世話になって、別れ際、お母さんが泣いていた。
 私の、亡くなった父母が、「もう、桜を見るのも今年が最後かな、来年は見れるかな」と言っていたのを思い出す。
 先のことは、分からない。過去のことも、べつに、分からなくたって、いいではないか。
 今がある。今、今、今。
 常に、今、今、今だ。
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