第6話

文字数 2,084文字

 詩織は莉音と水族館に行ってみた。イルカやペンギンや色とりどりの魚を見て、莉音は初めの光景に目をキラキラさせた。
「イルカさんジャンプ凄〜い! 」
跳ねて莉音はイルカの真似をした。
「本当凄いね」
 詩織は喜んで跳ねて歩く莉音が、手を繋ぎながら自由に表現して居るのを微笑ましく見つめた。
 館内を見て歩いていると、チンアナゴの展示スペースがあった。チンアナゴは愛嬌ある目をして砂の上から細い身体をヒョッコリと出してユラユラしていた。
「あら、可愛らしいわね」
と詩織がクスっと笑うと莉音が
「ストローみたい」
と言って笑った。
「本当ね、ストローみたいね」
莉音はチンアナゴの真似をしてユラユラ身体を動かしている。
「あら、チンアナゴさん水の中から出て来ちゃった」
「違うよ莉音だよぉ! 」
「あれ?そっくりだから間違えちゃった! 」
とふざけ合って大笑いした。
 売店に行くとイルカ、ペンギン、チンアナゴ、カメ等の可愛らしいグッズが沢山置いてあった。
 莉音はぬいぐるみが山積みされているワゴンに駆け寄り、アザラシのぬいぐるみの頭を撫でて可愛がって居た。
 アクティブなTシャツの袖から見える莉音のフックラした腕のアザは少し減って居た。まるで心の傷が少し減った事を表して居るかの様だった。
 そんな可愛らしい小さな手で優しくアザラシのぬいぐるみを撫でて居る。
 チンアナゴの子供用の靴下を莉音に履かせたいと手に取った詩織は
「莉音ちゃん、アザラシさん買おうか」
と声を掛けると
「お母さん良いの? 」
と莉音は満面の笑みで振り向いた。
 お母さん…。初めて言われた。今迄莉音に押し付けにならない様に亮平と詩織は自分達の事を『おじさんとおばさん』と自分達の事を言っていた。それを莉音から『お母さん』と呼んでくれた。
 詩織は莉音を我が子と思っていた事が通じ合えた、莉音に受け入れて貰えたと感動に打ちひしがれた。
「うん、お母さん買ってあげるよ」
「ありがとう! 」
莉音はアザラシを抱きしめた。
 莉音が少しずつ無邪気になっていく。表情が増えていく。私と一緒に居て心を許し始めている…。絆が細い糸から少しずつ太くなっていく事を感じる。詩織は感無量だった。
 不思議と莉音と接している時の会話や仕草は他人には 詩織が一人で立っている様に見えている様だった。神が居るとしたら、これは計らいなのか…誰も不思議に思う人は居なかった。
 その不思議に甘んじて二人は手を繋いで詩織の運転する軽自動車に乗って、歌を歌いながら帰宅した。
 帰宅後、チンアナゴの柄の靴下を莉音に履かせてみると、莉音の足は可愛らしいチンアナゴが砂の中から顔を出した様な形になった。
 莉音が足を高く上げて
「チンアナゴ! 」
と言ってはしゃいでいる。詩織は
「チンアナゴ捕まえた! 」
と足を捕まえてくすぐった。莉音は大笑いして身体をよじった。
 そこへ亮平が帰宅した。
「ただいまー」
「お父さん見て見て、チンアナゴ! 」
莉音はまた足を高く上げて見せた。
 亮平は『お父さん』と呼ばれた感動を大切に味わいながら、はしゃぐ莉音を嬉しく見つめた。莉音の笑い声が聞こえる家、愛おしい小さな顔、背中、手足。全ての愛らしさが安心して亮平に語りかけてくる。
「あー、チンアナゴが2匹居るぞ!捕まえてやるぞー! 」
と追いかけると、キャッキャ言いながら莉音はリビング中を駆け回った。
 夕飯を囲みながら、莉音は水族館での話を両手を広げて必死で亮平に説明して居る。
「イルカさんがね、水からピョーンって飛ぶの!こんなに高いのの!大きい輪を飛びながらくぐるの!
 カメさんはね、莉音が乗れそうな位大きいの!それで、スーって泳ぐの。チンアナゴはジュースのストローみたいでユラユラしてるんだよ。凄く小さいの」
口の周りにケチャップを付けながら 説明を続けているウチに、うつらうつらし始めた。
「あら莉音ちゃん」
と詩織が声をかけたが遅かった。莉音ははしゃいで疲れて食卓テーブルに頬を付けて眠った。
 詩織は莉音の顔と口元を拭いて、亮平がベッド迄莉音を運んで毛布を掛けた。
 可愛い寝顔を見てから二人は食事を続けた。

 次の日、いつもより少し遅めに帰宅した亮平は大きな箱を持って帰ってきた。
「ただいま」
「お帰りなさい。その箱何? 」
亮平はリビングの隣の部屋で、ニヤニヤしながら箱を開けて中身を出して、何か作り始めた。
「お母さん、莉音、出来たよ」
 スライドドアを開けると 滑り台付きのジャングルジムが完成して居た。
 外で遊んだ事の無い莉音は首を傾げた。
「莉音ちゃん、アザラシさんが使い方教えてくれるよ。滑り台の上からスーっ」
 詩織は昨日買ったアザラシのぬいぐるみを滑り台に滑らせた。
 亮平が莉音を抱っこして滑り台に乗せて
「莉音ちゃんもスーっ」
 莉音はキャッキャと声を上げて喜び、夢中で何度も滑り台を滑った。
「ジャングルジムは登って遊ぶんだよぉ」
 詩織がアザラシのぬいぐるみでよじ登らせるのを見せると、莉音も登り始めた。
「お父さんありがとう」
 莉音は何度もよじ登って滑って遊んで嬉しそうな歓声を上げている。
 脚のアザがまた一つ減った。
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み