第7話

文字数 2,010文字

 朝、詩織は朝ご飯と亮平の弁当を作っていた。弁当のオカズの鮭の切り身を焼く、香ばしい香りに誘われて莉音は起きてきた。
「お母さんおはよう、良い匂い」
「あら、良い匂いに感じる?元気な証拠ね」と卵焼きの切れはしを莉音の口に近づけた。莉音は嬉しそうに目を見開き卵焼きをパクッと食べた。
「お母さんの卵焼きだーい好き」
と満面の笑みで喜んでいる。
「あら、嬉しいわ」
と答えながら詩織は弁当を仕上げた。
 出来上がった弁当を目を輝かせて莉音は覗き込んだ。
 そうだ…莉音とお弁当を作って昼に庭に置いてあるテーブルと椅子で食べよう。詩織は思い立った。
「莉音ちゃんとお母さんも、お昼はお弁当食べようか! 」
と莉音の目線に合わせて腰を曲げて詩織が言うと
「莉音もお母さんもお弁当食べるの⁉︎ 」
ワクワクした目で莉音は声高らかに喜んだ。
「そうよ!だから一緒にオニギリ作ろう! 」
「うん! 」
二人は朝ご飯を済ませて亮平を見送ってからオニギリを作り始めた。
「お茶碗にご飯を入れて、真ん中に窪みを作って、このお父さんのお弁当にも入って居た鮭を入れてごらん。ご飯を上に少し被せて…。ニギニギ。
お母さんのは梅干しを入れて…。梅干しは酸っぱいから莉音ちゃんは食べれないかも知れないけどバイ菌をやっつけてくれるのよ」
「そうなの?梅干しすごいね」
詩織に言われる通りに、莉音は真剣に作った。あちこちご飯粒か飛ぶが、綺麗な布巾を濡らして拭きながら握った。
 莉音は手のひらをご飯粒だらけにしてピンポン玉位の丸いオニギリが出来上がった。
「上手ね〜。美味しそう! 」
詩織の拍手に、ご飯まみれの小さな手を見せながら莉音は照れ臭そうに笑った。
 莉音は手洗いする事を覚えて、ご飯だらけの手を洗いに流し台に行った。つま先立ちになって綺麗に手を洗った。
 詩織がタコウィンナーを炒めていると
「お花が咲いたみたい! 」
と莉音は喜んで見つめた。
 お昼になるまで子供対象の番組を見たり、絵本を詩織に読んでもらったりしながら過ごした。
 時計の針が12時を指したのを見て
「莉音ちゃん、お庭のテーブルでお弁当食べようか」
と詩織が楽しみにしている莉音に声を掛けると、
莉音は喜んで庭のテーブルにお弁当箱を持ってきた。ちゃんと詩織と莉音自身の弁当を間違わずに置いてある。2人で手を合わせて『頂きます』と言ってから弁当箱の蓋を開けた。
 莉音は誰から食べたら良いか迷っている。オニギリがかぶりついて、足をバタバタさせながら喜んでいる。
「美味しい? 」
「うん!…次はチューリップのウィンナー。美味しい! 」
 プランターに植えられてる花を見ながら暖かい日差しを浴びて、楽しい自宅ランチになった。

 次の日、詩織は倦怠感を感じた。莉音に
「お母さんちょっとお昼寝するね」
と言ってソファに横たわった。
 莉音は朝の子供向けのテレビ番組み見て歌って踊った後、ジャングルジムで遊んで過ごしていた。
 詩織はソファでウトウトして居ると、ガシャーンと大きな音が聞こえて、驚いて飛び起きた。
 何?莉音に何か起きたか⁉︎怪我はしてないか⁉︎音のした方を見ると、莉音はダイニングの椅子に立ちながら固まっていた。
「莉音ちゃん、どうしたの⁉︎ 」
莉音は固まってる様子から、怒られるのだと思って居るようだ。案の定
「ごめんなさい、ごめんなさい」
と身体をこわばらせながら言っている。
 詩織が莉音の周辺を見ると、ご飯の入ったボールが床に落ちて居た。ダイニングテーブルには梅干しと海苔と塩があった。
「莉音ちゃんオニギリ作ろうとしてたのね」
と笑顔で声を掛けると
「ごめんなさい、ごめんなさい」
と繰り返してばかりだった。こう言うのを見る度に過去が蘇えって来て恐れているであろう事を感じずには居られなかった。
「大丈夫。莉音ちゃんに怪我が無くてホッとしたわ。オニギリを作ろうとしたのね」
と詩織が優しく声を掛けた。莉音は頷き
「お母さん具合悪いから、梅干しのオニギリ作ってバイキンやっつけたら元気になるかな…って…」
小さな声で莉音は説明した。
 優しさに胸を打たれて詩織は莉音を抱きしめて頭を撫でた。
「ありがとう。ありがとう。お母さん嬉しい。莉音ちゃん優しいね」
と言うと、莉音はホッとして詩織の胸の中でワンワン泣き出した。ご飯粒だらけの手で涙を拭い顔にご飯粒を付けながら莉音は泣いた。
 自分のやろうとした事をシッカリ聞いてくれて受け止めてくれる…。幼心にも、頭ごなしに怒られる事なく、耳と心を傾けて貰える事を知り感動した。
 それを言葉に出来ず、只泣いた。
 詩織は莉音の涙の中に『恐怖』が見え隠れするのと、莉音の小さな胸の中で自分の事を思いやってくれる純粋な優しさに大いに揺さぶられた。
 私達はどんどん家族になって行く…。絆が更に太くなり紐から綱になった様に感じる。アザもまた減って居る。もう血の繋がりも、莉音が幽霊である事も超えてお互いに大切な存在になって居る事を感じた。
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