第10話

文字数 1,521文字

 夕方になり、莉音と遥香が帰ってきた。
「お母さんただいまー」
莉音の高らかな声が響いた。笑顔が楽しかったと言わんばかりだ。
「お帰り、楽しかった? 」
「すっごく楽しかったよ!山羊さんとー、ウサギさんとー、お馬さんが居たの!莉音がお野菜あげたらパクパクって食べるの!そしてお馬に乗ったの! 」
「ねー、お馬に一緒に乗ったんだもんねー! 」
 「ねー! 」
莉音と遥香が 首を傾げながら声を揃えて言った。
 莉音のふくらはぎにあった傷が一つ消えて居る。良かった…。きっと生前の辛さが一つ消えたんだ。アザや傷が消える度に莉音の中の何かが緩和されて居るのだろう。
 傷の減ったふくらはぎは、幼児らしい『あんよ』で愛おしくなり、思わず詩織は撫でた。
「お母さん、くすぐったいよー! 」
莉音は喜んで詩織に抱き着いてきた。遥香が
「ママ元気になって良かったね」
と言うと莉音は今まではしゃいでいたのがピタッと止まった。
 詩織と遥香は『実の母親の事をママと呼んでいたのでは…』と察して、顔を見合わせてハッとした。
「間違った。お母さんだよね」
遥香が優しく言い直すと莉音は頷いた。そして詩織は莉音を抱っこしながら歌った。
「お母さん、なぁに。お母さんって良い匂い。洗濯して居た匂いでしょ、シャボンの泡の匂いでしょ」
幼児番組を見た時に、莉音にお母さんと言いやすい日が来たら歌いたいと思って聞いていた歌だった。
 気付くと莉音は遊び疲れて眠って居た。遥香ぎ静かに小布団を敷き、詩織はそっと莉音を下ろした。
「初めて『お母さん』関係の歌を歌ったわ」
「これは『お母さん』必要だったね」
健やかな莉音の寝顔を見ながら遥香が
「産みの両親は莉音ちゃんの中で見たく無い事なのかも知れないね」
と呟いた。
「そうね…ママとかパパとか、もう言えない…。今日ワイドショー見たけど…三年の人生が我慢する事に費やされてきたのよ。恐怖と痛みと苦痛と理不尽を…
私達を信じてくれたのが奇跡の様だわ」
「良く耐えてきたよね…この傷やアザの色や状態を見ただけで伝わってくるのよね。
 だから幸せを少しでも味わいたくて、お兄ちゃんとお姉さんの所に来てみたのかな…としか思えないのよね。子供の感は凄いよ、どんな人が自分を可愛がってくれるかを察する事が出来るんだもん」
二人は莉音に目をやった。寝返りをうってタオルケットを蹴飛ばして居る。思わず吹き出してしまった。
「ねぇ遥香ちゃん、莉音ちゃんの実のお母さんは十八歳だったのよね。十八歳でシッカリ子育てして居る人も沢山居るけど、彼女は親になるのが苦手だったのかな?って思ったの。
 私は今回遥香ちゃんに力になって貰えて助かったの。彼女の周りに理解者居なかったのかな…?孤独だったんじゃ無いかな?って思って。気軽に子育ての力になってくれたり、相談できる様な機関が有る様になってくれれば…って思って」
「そうよね。こう言う所がまだまだ発展途上だわ。母親の責任は大きいじゃない。理解者が居てくれるだけでも全然違うものね。
 私達の両親世代は隣近所との関わりも多くて、お互い子供を預かったり手伝ったりって事があったでしょう。そんな人間関係から子育てのコツやアドバイスも交換出来たのよね。現代ではプライバシーは守られるけど理解者や協力者を見つけれないで、一人で抱えて居る人って少なくないと思う。だけど…この事件は残念」
「本当に残念だわ。莉音ちゃんの身体にはアザの上に更に重なったアザも沢山あるでしょ…。一個ずつだけど綺麗に消えて欲しい。莉音ちゃんと一緒に幸せに暮らして行こうと思う。いつかアザの無いスベスベ肌の莉音ちゃんになるから。ゆっくりゆっくりと」
 莉音は更に寝返りをうって 小布団からはみ出し掛けて居た。
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