第16話

文字数 1,972文字

 亮平と詩織は涙を拭いて重い頭をやっとの思いで上げた。
莉音の声や足音が無い家は静まり返って居る。言葉を発した方が気が紛れると思うが、二人は何を話すかも思い付かない。
 亮平は取り敢えずテレビを付けた。天気予報が画面に映った。明日は晴れらしい。洗濯物が乾き易いとキャスターが言っている。
 夕飯を亮平と詩織が食べ始めたが、何か味気なく感じる。言葉を発したら涙に変わりそうで話す事が辛い。ただリビングにテレビの声が響いて居た。
 夕食を食べ終わった詩織が一言言った。
「莉音ちゃん…晩御飯食べてって欲しかったな」
と言うと涙を隠しながら詩織は皿を洗い始めた。亮平は目を潤ませながら莉音に用意された晩御飯も食べた。そして心の中で
『莉音ちゃん…美味しいよ。莉音は今何食べてるの? 』と呟いた。そしてジャングルジムに目をやったが、片付ける気持ちにはなれずに莉音が登ってたポールを撫でた。

 静かな朝が来た。詩織が起きてもやはり横に莉音は居ない。可愛い寝息を頬に感じる事が出来ないのが寂しい。その思いを振り切っていつもの様に亮平の弁当と朝ご飯を作り、亮平を送り出した。
 その後テレビを付けたまま無気力にソファに座った。朝のワイドショーで莉音の母親が拘置所内で話した事が話題になって居た。
『娘が他の人に大切に育てられてる夢を見た。おどけたり、喜んで飛び跳ねたりして居る。とても可愛かった。母乳をあげた時に、そう云う普通の親子になりたいと思ったのを思い出した。私何やってたんだろう。喜ばせる事何もしてなかった』
と反省と後悔の気持ちを話し始めたと云う事だった。
 詩織はテレビを見て、莉音が我が家に来たことは短い期間だけど喜ばしい事だったんだ。我が家で幸せを感じてくれて、莉音の身体と心の傷が癒やされた事は宝だと感じた。
 莉音が居ないと悲しむよりも、来てくれてありがとうと感謝しなければと思いが辿り着いた。やはり莉音が伝えてくれた様に『別れが悲しいのでは無く、楽しかったね有難う』なのだと実感した。
 亮平も昼休みにワイドショーを見て詩織と同じ思いに辿り着いた。
 夕方仕事を終えた亮平が帰宅すると詩織は笑顔で迎え入れた。お互い顔を見て同じ思いを抱いて居る事を察した。
 二人はリビングで莉音の思い出話を宝物の様に話し始めた。
「俺さ、莉音が居てくれて本当幸せ貰ったよ。ただジャングルジム片付けれなくてさ」
「私も莉音ちゃんの服、普通にタンスに畳んで入れてるのよ」
と話しながら二人はジャングルジムを見た。
 その時不思議な事に、棚に飾られていたアザラシのぬいぐるみがジャングルジムの滑り台にコロンと落ちて来てスーっと楽しむかの様に滑った。
 亮平と莉音は驚いて顔を見合わせた。
「莉音ちゃんと健吾? 」
詩織が呟くと亮平は頷いて
「莉音ちゃん!ありがとう!莉音ちゃんが生まれて来てくれた事!ウチに来てくれた事、本当に嬉しいよ!」
と大きな声で壁と天井の境目に言った。
「莉音ちゃん、ありがとう!健吾もありがとう!二人が私達をお父さんお母さんにしてくれてのよ! 」
と詩織も言った。
 そして亮平が何が思い出し、
「莉音ちゃん言ってたよね!七葉が来るって! 」
と興奮して話した。
「…うん!言ってた!莉音ちゃん言ってた! 」
詩織も喜んで亮平の腕に掴まりながら言った。滑り降りたアザラシのぬいぐるみを抱きしめながら二人は抱き合った。
「ジャングルジムも莉音ちゃんの服も七葉に使ってもらおう。そのままにして置こう。」
詩織の提案に亮平は喜んで賛成した。
「莉音ちゃん!健吾!お兄ちゃんお姉ちゃんになるね!よろしくね! 」
また壁と天井の境目に二人は言った。
 スマホを開き莉音の写真を見た。本当に可愛らしい満面の笑顔。この笑顔を見れた期間、抱っこした温もり、楽しい思い出…。
 これらを大切にしたい思いを伝える思いで、詩織はハッピーバースデーを歌い始めた。
「ハッピーバースデートゥユー」
続けて亮平も一緒に歌った。莉音の誕生日は知らないが、莉音が生まれてくれた事を祝いたかったのだ。
「ハッピーバースデー莉音ちゃんと健吾〜、ハッピーバースデートゥユー」
天国で莉音と健吾がこの歌を聞いてるに違いない。二人の子が『やっぱりお父さんとお母さんの子で良かった』と思える様に…やがて来る七葉が、このお父さんとお母さんの所に行きたいと思う様に、亮平と詩織は幸せに過ごす事を大切にした。
 その二週間後詩織はつわりを感じた。亮平も驚きは無く二人で只々喜んだ。
「七葉、待ってたよ」
詩織はお腹に声を掛けた。亮平も詩織のお腹を撫でてた。
「五人家族になるね」
「そうね」
莉音が来た事で流産の悲しみから立ち直り、子供達の命の大切さに触れた亮平と詩織。
 決して命の重要性を、愛情が不可欠である事を忘れずに生きていくのであろう。



                完
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