第12話

文字数 2,164文字

 莉音が来て半年が経ち、日々の笑い声の響く生活で莉音のアザは段々と消えて行行った。残っているのは背中の火傷の跡だけだった。
 詩織の腕枕で安心して眠る莉音の寝顔。晴れた公園でブランコを漕いで喜んだ顔。蝶々を手を広げて夢中で追い掛ける姿。亮平と詩織にとって莉音の表情の全てが宝物だった。
 今も亮平は床に仰向けになりながら莉音をお腹に乗せて一緒に遊んでいる。
 莉音が亮平の真似をして並んで仰向けになった。亮平はからかって
「大変だ!人が倒れてます!AEDで助けなければ!AED行きます!コチョコチョコチョ」
莉音はくすぐったがって飛び起きた。
「生き返りました!」
「お父さん莉音生きてるよー」
と大笑いしてる。そんな一瞬を画像に撮りたいと詩織が
スマホを向けたて写真を撮った。莉音は画像の中には居なかった。何度も試してみたが莉音が写る事は無かった。今迄も何度となく写真を撮った。しかし莉音が写る事は無かった。
 幽霊だから…勿論分かっている。兎に角残念で仕方なかった。やむなく、二人は莉音の姿を脳裏に焼き付けて置いた。
 
 詩織の心配の一つ、莉音が欲しい物を要求すると云う事も出来るようになって居た。
「お母さん、莉音アイス食べたい」
「一個だけね」
「はーい、お腹壊すから沢山はダメなんでしょ」
「そうよ。お利口ね」
冷凍庫から莉音は棒に付いたソーダ味のアイスキャンディーを出した。持っただけで個包装から冷たさが伝わりワクワクしている。その顔が愛おしい。
 詩織から教えてもらった通りにハサミで袋の持ち手が有る側を切り、小さな手でアイスを取り出している。淡い水色のアイスの表面に霜が付いてキラキラして居るのを見てワクワクしながらかぶり付いた。
 甘さと冷たさに莉音は肩をすくめた。そうして居る内にアイスがポタっと落ちても、怯える事なくちゃんと自分で拭いて食べ続けている。
 莉音は亮平と詩織にとって、紛れも無く我が子だった。只々これからの成長を願って大切に育てて居た。
 そんな中で詩織が心配している事があった。それは莉音が我儘を言わない事だった。
 3才児…駄々をこねても不思議では無い。莉音はいつも素直に言う事を聞く『お利口さん』だった。
 生前は良い子で居る事が生き抜く方法だったのは重々分かる。しかし我儘を言ったり、思って居る事を話したり出来ないと苦しくなるのでは…と莉音の事を心配して居た。
 それと同時に、もし我儘を言った時に叱るべきか言う事を聞くべきか悩んだ。折角心の内を言えたのに叱ると心の内を話せなくなるのではとの思いと、いけない事は教えるチャンスではとの思いの間で迷った。
 しかし今莉音が我儘言っている訳では無い。とても良い子にして居る。
 起きてない事を悩むよりも、その時に考えれば良い…。何度も悩んだが、気持ちはいつも『その時考える』に辿り着いて居た。

 ある日の午前中、詩織は公園に莉音を連れて行った。手を繋いでの公園迄の道のりに莉音がワクワクして居る。そんな莉音を見つめて居ると詩織も嬉しくて笑顔になった。
 公園に着くといつもの様に滑り台やブランコで遊んだ。思う存分身体を動かして、キャッキャと歓声を上げて楽しんでいる。そんな莉音を詩織はベンチに座り眺めて居た。
 莉音と同じ年頃の子供達が砂場で遊んでいた。その子供達と遊ぼうと莉音も駆け寄った。
「莉音も一緒に遊ぶ! 」
声を掛けられて居る子供達は莉音の姿も見えず、声も聞こえない。気配を感じる事も無い。莉音の存在に気づく事なく、友達と砂山を作って遊んで居る。
「莉音も作る」
と手を小さな差し伸べて一緒になって莉音は山を高くしようとしたが、子供達が全く気付く事なく山を高くして行く。莉音を置き去りに子供達の遊びは進行して行く。
「トンネル作ろうよ」
「うん」
子供達は夢中で握り拳大の穴を掘り始めた。それを莉音は眺めて
「トンネルだぁ」
と喜んでいる。その声に返事をする子供達は居ない。莉音の顔に少し陰りが見えた。詩織は心配しながらベンチから眺めた。
 トンネルが貫通して、子供達はトンネル内で手を繋いだ。
「穴開いた! 」
「繋がった〜!手くすぐったいよ」
と大はしゃぎして居る。
「莉音もトンネルに手入れたい! 」
やはり声が届かず子供達は大はしゃぎのクライマックスを迎えて居る。
「ねぇ、一緒にやらせて」
莉音なりに工夫して優しく声を掛けてみているが、子供達には声は届か無いまま楽しそうに笑い合って居る。それを見詰めながら何度も莉音は
「一緒に遊ぼう」
と声を掛けて居る。子供達のお母さん達が
「もうそろそろ帰るわよー」
との声掛けに
「はーい」
と返事をして、子供達は莉音に気付く事なく親の元に駆け寄って公園を後にした。
 莉音は涙をいっぱいに溜めて詩織に駆け寄り、ギューっとしがみ付いた。
「お母さん!莉音もお友達と遊びたいよー!お友達が欲しい!お友達が…」
としゃくり上げてワンワン泣いた。
 莉音の初めての我儘は我儘では無かった。とても普通の欲求を訴えたのだ。
 詩織は胸を締め付ける様な思いで莉音を抱きしめた。莉音の堰を切った思いは止まらず涙が止まらない。
 こんなに当然の思いが姿が見えない事で叶わない。詩織は莉音の初めてのどうしようも無い訴えを大切に大切に切なく受け止めた。
「そうだね、そうだね、良い子ね」
と言って背中を撫で続けた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み