第6話 出エジプト記

文字数 2,048文字

概要

 出エジプト記は全部で40章あり、戒律や儀式的な規定、またモーセ物語(出エジプトとその後の荒れ野での放浪の話)が書かれている。ヘブライ語で「わたしはある」を意味する神名がでてくるのも出エジプト記である。
 教えと考えられるものは、だいたい600あるとされ、その半分は、殺すな、盗むなといった戒律、もう半分は、神を礼拝する建物の柱をどのぐらいにすべきかといった規定となっている。
 モーセを指導者として、奴隷状態にあったイスラエル民族がエジプトを脱出し、先祖の土地(カナン、パレスチナ)に帰還する話の中で、有名な十戒の教えも登場する。
 鈴木は、幕屋(まくや)(組み立て式テント神殿)の構造について「キリスト教徒が読むと、幕屋はキリストを預言しているようなものです。このように旧約聖書の中には、キリスト(ヘブル語でメシア)を預言しているような不思議な聖句がときどき出てきます。これをキリスト教徒は『メシア預言』の聖句と呼んでいます」(p.49)と述べ、キリスト教徒による聖書解釈を述べている。

出エジプト記の本文

 出エジプト記には、上記のように戒律や幕屋建設の詳細などいろいろなことが述べられているのだが、重労働を課せられる奴隷の身分からイスラエルの人々を救い出す一方で、彼らの奴隷制を認める神も描かれている。
 まず、神はエジプトで苦役に嘆くイスラエルの人々を心に留める。

「それからながい年月がたち、エジプト王は死んだ。その間イスラエルの人々は労働のゆえにうめき、叫んだ。労働のゆえに助けを求める彼らの叫び声は神に届いた。神はその嘆きを聞き、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。神はイスラエルの人々を顧み、御心に留められた。」(出エジプト記:2章23-25節)

 次に、エジプトからイスラエルの人々を連れ出すため、神はモーセに現れ、名前を明らかにする。

 モーセは神に尋ねた。
「わたしは、今、イスラエルの人々のところへ参ります。彼らに、『あなたたちの先祖の神が、わたしをここに(つか)わされたのです』と言えば、彼らは、『その名は一体何か』問うにちがいありません。彼らに何と答えるべきでしょうか。」
 神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに(つか)わされたのだと。」(出エジプト記:3章13-14節)

 さらに、神は苦役に嘆くイスラエルの人々を導く計画をモーセに告げる。

「わたしはまた、エジプト人の奴隷となっているイスラエルの人々のうめき声を聞き、わたしの契約を思い起こした。 それゆえ、イスラエルの人々に言いなさい。わたしは主である。わたしはエジプトの重労働の下からあなたたちを導き出し、奴隷の身分から救い出す。腕を伸ばし、大いなる審判によってあなたたちを贖う。 そして、わたしはあなたたちをわたしの民とし、わたしはあなたたちの神となる。あなたたちはこうして、わたしがあなたたちの神、主であり、あなたたちをエジプトの重労働の下から導き出すことを知る。 」(出エジプト記:6章5-7節)

 そして、エジプトを脱した後、モーセの口を通して告げられたとされる神の言葉は以下の通りである。

「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。」(出エジプト記:20章2節)

 このように、出エジプト記には、奴隷の身分にあったイスラエルの人々を導く神、救いの(わざ)を働かせる神が描かれているのである。しかし、一方で、神は奴隷に関する規定も述べている。

「もし、主人が彼に妻を与えて、その妻が彼との間に息子あるいは娘を産んだ場合は、その妻と子供は主人に属し、彼は独身で去らねばならない。 もし、その奴隷が、『わたしは主人と妻子とを愛しており、自由の身になる意志はありません』と明言する場合は、 主人は彼を神のもとに連れて行く。入り口もしくは入り口の柱のところに連れて行き、彼の耳を(きり)で刺し通すならば、彼を生涯、奴隷とすることができる。」(出エジプト記:21章4-6節)

「人が自分の男奴隷あるいは女奴隷を棒で打ち、その場で死なせた場合は、必ず罰せられる。 ただし、一両日でも生きていた場合は、罰せられない。それは自分の財産だからである。」(出エジプト記:21章20-21節)

「人が自分の男奴隷あるいは女奴隷の目を打って、目がつぶれた場合、その目の償いとして、その者を自由にして去らせねばならない。 もし、自分の男奴隷あるいは女奴隷の歯を折った場合、その歯の償いとして、その者を自由に去らせねばならない。」(出エジプト記:21章26-27節)

 このように、出エジプト記には、イスラエル人の奴隷状態を是としない一方で、彼らの奴隷制度を是とする神の存在が描かれているのである。



参考文献
鈴木崇巨(2016)『1年で聖書を読破する』いのちのことば社
共同訳聖書実行委員会(1987)『聖書 新共同訳』日本聖書協会
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