第1話 プロローグ

文字数 1,010文字

 子供の頃は心臓疾患のために激しい運動が出来ず、貧弱な身体だったからイジメに遭うことも少なくなかった。そんな自分の人生に転機が訪れたのは、高一の夏休みが明けた新学期の放課後。

 音楽の趣味を通して親しくなった同級生の女の子が、皮肉にも身長も運動も抜きん出ていたバスケ部のキャプテンのガールフレンドだった。
 その日、キャプテンからいきなりロングシュートの三本勝負を申し込まれた。
「引き分け以上だったらレコードやカセットの貸し借りを許してやる。負けたら二度と彼女に近づくな」というなんとも理不尽な提案だったうえに、バスケ部の女子たちの提言で与えられたハンディはたった二メートル半。
 ところが、ぼくはみんなの失笑の中で、彼に続けて二本のシュートを決めてしまった。
 問題の三投目。ボードに当たったキャプテンのボールはリングを逸れ、体育館に集まった部員や同級生たちからため息が漏れる。すると突然、「自分と同じ場所から投げろ」と彼は言う。「ずるい」という声が女子から上がったが、「真っ向勝負だ!」と叫ぶ男子の勢いに押された。
 拒否することも出来たし、失敗しても引き分けだったが、ぼくは逃げなかった。
 その場にいた全員が、キャプテンと同じ位置に立ったぼくの一投を固唾を呑んで見守っている。まさか入るはずはないだろう――誰もがそう思っていた。もちろんぼく自身も。ところが、ボールは綺麗な放物線を描き、ボードに触れることもなくリングの中央に吸い込まれるようにシュートが決まる。自分でも信じられなかった。
 その日、ぼくはクラスのヒーローになった。

 翌週、ぼくはいきなりクラス対抗の代表に選ばれる。ところが、試合ではまったく勝負にならず、シュートどころかドリブルもパスも失敗して結果はぼろ負け。その後は「奇跡の有村」とからかわれるネタになったが、もう誰にもいじめられることはなかった。
 それにもうひとつ、自分の気持ちにも変化があった。それは、いつもバッグの中に隠し持っていたドラムスティックを、昼休みや放課後に堂々と人に見せられるようになったこと。

 ところが、人生は皮肉なもので、勝負に勝ったぼくは彼女自身からレコードやテープの貸し借りを断られてしまい、その一方で、負けたキャプテンは落ち込んだことで彼女の母性的な愛情を勝ち取った。
 交際を続けた二人は数年後に結婚したというから、男女の縁というのは不思議なものだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み