Final Phase 無限大のようにする冒険者たち

文字数 2,858文字

 あの事件から1週間が経過した。結局のところ、化野薫は覚醒剤取締法違反の他に死体遺棄の容疑で逮捕されることになった。覚醒剤取締法違反は言うまでもなく大麻のことだが、死体遺棄の容疑に関しては――「最初の事件」である兄、化野洋を殺害した上で鳥葬をしようとしたことだろうか。
 そして、何よりも――松島電器の経営陣に対する世間のバッシングが絶えなかった。ただでさえ「蘇魯阿士徳の会」というカルト教団が問題視されていた所に、二世信者である化野薫による殺人。それで、彼女に対する同情も――少なからずあった。しかし、殺人は殺人である。これから彼女は司法によって刑事裁判にかけられるが、事件内容から考えても――極刑、即ち死刑は免れないだろう。
 当然の話だが、西川沙織は松島電器を退職した。――元々、来年の3月をもって退職する予定だったらしいから、少し早めの退職となったのだけれど。
 僕は、なんとなく沙織ちゃんと話がしたくなった。わざわざ人と話すために外に出るのも面倒だったので、今回はビデオチャットで済ませることにした。
「沙織ちゃん、それで――今後はどうするんだ?」
「残念だけど、まだ決めてないわよ。――ぶっちゃけ、千里ニュータウンからの脱出も辞さないわね」
「いや、沙織ちゃんが脱出する必要はないだろう。今回の事件で迷惑をかけたのは、寧ろ僕の方だ」
「そうは言うけどさ、あの事件がなければ私は千里ニュータウンの『異常さ』に気づかなかったでしょうね」
「異常さ?」
「あの事件の後、松島電器にガサ入れというか――家宅捜索が入ったんだけどさ、そこで相当ヤバいモノが見つかったらしいのよね」
「ヤバいモノ? まさかそれって――」
「錬丹術のレシピというか――書物よ。ついでに大量の麻薬と覚醒剤も見つかっているわ。違法薬物はともかく、錬丹術に関しては――かなり重大な資料らしいのよね。なんでも、阪西大学の方で調査が進められるとのことよ?」
「なるほど。確かに、阪西大学なら『民俗学科』があるから、かなり詳しいことが分かりそうだな」
「いや、民俗学というよりも――科学的観点から見て重要な資料になっているそうよ?」
「科学的観点? ということは――その手のエキスパートによる調査が進められるのか」
「そうね。――ウッキー、本当はちょっと興味持ってるでしょ」
 当然、僕はその押収品に対して興味を示していた。
「まあ、多少は」
「矢っ張り。――流石、理科の成績がべらぼうに良かっただけあるわね」
 理科の成績がべらぼうに良かった――か。そういえば、歴史に残る有名な科学者ほど「変人」だったな。そのことを思い出した僕は、沙織ちゃんに対してある「なぞなぞ」を出した。
「ところで、沙織ちゃんは――トーマス・エジソン、フォン・ブラウン、そしてニコラ・テスラという3人のある共通点を知っているか?」
「うーん、3人共――相当な変人よね」
「確かに、3人共かなりの変人だ。でも、それだけじゃない。この3人は――最新の研究で『発達障害を患っていたんじゃないか』って言われている。もちろん、有名なSNSを開発したマーク・ザッカーバーグも、僕と同じ病気を患っているとのことだ。――もっとも、大事な拠点であるSNSをぶっ壊したイーロン・マスクのことは1ミリも許していないけど」
「なるほどねぇ。――世の中には、まだまだ知らない事があるわね」
「そうだ。だから、そのことを知ってから――発達障害を『コンプレックス』だと思わずに、むしろ『チャンス』だと考えるようにした。もちろん、件の殺人事件で出会ったある人物の影響もあるんだけど」
「もしかして、岩嵜慶太のこと?」
「正解だ。僕は、彼に出会ったことによって――『抱えているコンプレックスを活かす』ということを学んだ。そして、事件が解決した時にある『言葉』をかけられたんだ」
「言葉? 一体何よ」
「『自分に対して自信を持て』という言葉だ」
「なんだか、あの子らしいわね」
「――そうなのか」
 言われてみれば、僕は最初から――岩嵜慶太という人物から好意を寄せられていたのか? しかし、僕には恋愛の仕方が分からない。どうやって相手に好意を伝えれば良いのだろうか? そんなことを考えていると、沙織ちゃんが彼について語りだした。
「岩嵜くんって、物静かだけど――伝えたいことはハッキリと分かるのよね。なんというか、中学生の時のウッキーを見ている気分になるのよ。ウッキーって自分のことを『内申点が低い』と卑下してたけど、本当はものすごく頭がいい。それは――杉本先生や鈴村先生だって知ってるはずよ?」
「杉本先生や鈴村先生が?」
「当たり前じゃないの。先生だって、本当はウッキーに対して『進学校に行ってほしい』と願ってたわよ。でも、環境が悪かった。――今だから言えるけど、恨むべきは当時の校長先生ね」
「そうか。――矢っ張り、タイムリープであの頃からやり直したいな」
 タイムリープでやり直せるなら、今からでもやり直したい。――どうせ、フィクションの話でしかないのだけれど。でも、沙織ちゃんは僕にある提案をしてきた。
「そんなことしなくても、やり直せるじゃないの?」
「具体的にどうやってやり直すんだ?」
「そうねぇ。――矢っ張り、ビデオチャットじゃ上手く伝わらないし、ここは直接会いに行こうかしら?」
「ダメだ。――僕の部屋は沙織ちゃんに見せられない」
「安心して、私の部屋も大概な汚部屋よ」
 沙織ちゃんの言葉で、僕の目は点になった。――沙織ちゃんって、僕よりも女子力が高いと思っていたのに。
 そして、僕は沙織ちゃんに対して返事を返した。
「仕方ないな。――僕は、阪急芦屋川駅の近くにある『ブリリアントコーポ芦屋』というアパートに住んでいる。部屋は203号室だ」
「分かったわ。正直、松島電器を退社してから暇を持て余していたし――ちょっとウッキーの顔を覗いてみるのも悪くはないわね」
「じゃあ、僕はここで待っているから」
 そこで、沙織ちゃんとのビデオチャットは終わってしまった。――矢っ張り、ここは真面目に掃除するしかないか。そう思った僕は、とりあえず沙織ちゃんに恥をかかせない範疇で部屋の掃除をすることにした。
 スマホからは「日本語で書くと『無限大のようにする』となるバンドの『冒険者たち』」という曲が流れている。――そういえば、沙織ちゃんもこの曲が好きだったっけ。なんだか懐かしいな。もっとも、「無限大のようにする」というのは表向きの話であって、本当は――プロデューサーの名前を付けるべく適当な英単語を組み合わせて頭文字を作っただけなのだけれど。ちなみに、そのプロデューサーは僕が一番好きな女性ロックシンガーにも少しだけ関わっていた。――大御所だ。(了)

参考資料
『ゾロアスター教』(青木健/講談社選書メチエ)
『宗祖ゾロアスター』(前田耕作/ちくま学芸文庫)
『錬金術』(セルジュ・ユタン/白水社)
『錬金術 仙術と科学の間』(吉田邦光/中公文庫)
『画図百鬼夜行全画集』(鳥山石燕/角川ソフィア文庫)
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