Final Phase Homunculus in My Head

文字数 1,285文字

 あの事件から数日が経った。
 事件が解決した以上、豊岡にいる理由はないので――僕はさっさと芦屋に戻っていた。当然だが、「僕が芦屋へ戻ったこと」を恵介や聡子には伝えていない。というか、伝える余地もない。
 ダイナブックの画面には、井ノ瀬克彦の顔が映っている。――要するに、今僕が行っているのは「新作小説の打ち合わせ」なのだ。
 井ノ瀬克彦は、僕の顔をじっと見ながら話す。
「綾川先生、随分と大変だったらしいっすね。何でも、例の『ゴーレム事件を解決した』とか」
 そんなに見つめられると――恥ずかしいじゃないか。そう思いつつ、僕は事件解決のまでの流れを彼に対して説明することにした。
「ああ、あれから――友人が事件に巻き込まれてしまった。後頭部を殴られて全治3日だったらしい。それで――僕の頭の中で何か『声』がしたんだ」
「声?」
「これは井ノ瀬さんに言ってなかったんですけど、僕――本来なら双子として産まれてくるべき人間だったんだ」
「双子ですか。――訳ありですね」
「母親の胎内にいる時に交通事故に巻き込まれて、片割れが死んでしまった。そして――僕の頭の中に『ホムンクルス』として残った。まあ、そんな感じですよ」
「ホムンクルスっすか。――中々面白いじゃないっすか。綾川先生、それを小説として出すべきだと思うんすけど、いかがっすか?」
 相変わらずフランクな口調で話す担当者に対して若干のムカつきを覚えたが――それはそれで面白いかもしれない。
 僕は、彼に対して「新作小説」の提案を出した。
「井ノ瀬さんがそういうのなら、僕は――双子を題材とした推理小説を書こうと思う。――世の中には『ノックスの十戒』なんて言葉があるけど、『姑獲鳥の夏』の時点でそれは破られている。だから――双子や多重人格を出しても問題はないだろう。況してや、僕はそういうモノを実際に兼ね備えている人間。――多分、リアルさは伝わってくるはずだ」
「それこそ、『三階堂冬彦』シリーズでそういう人物を出してみたらどうっすか? まだ原稿は書いてなっすよね?」
「――残念だが、もう書いている」
「そうっすか。――なら、優先順位はそっちっすね。それはともかく、『三階堂冬彦』の最新作は楽しみにしてますよっ!」
「そうか。――勝手にしろ」
 そう言って、僕は井ノ瀬克彦とのビデオチャットを終えた。
 ダイナブックには、書きかけの原稿が表示されている。――当然だが、それは豊岡にいる時に考えた『三階堂冬彦』の新作である。冬彦の相棒として追加した「西田恵太」というジャーナリストは――言うまでもなく錦織恵介のもじりである。今のところ、モデル料は請求されていない。
 それにしても――今回の事件は文字通り骨が折れる事件だったな。挙げ句の果てには僕の恩師が事件の犯人として捕まってしまった。そこまで小説と同じ展開にしなくてもいいじゃないか。
 この先、僕はどうなってしまうのだろうか? その答えを知っているのは――多分、僕の頭の中にいる「ホムンクルス」なのかもしれない。

 ――軽い頭痛に襲われた後、僕は意識を失った。ここから先のことは、絢乃に任せておくか。(了)
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