第9話

文字数 2,907文字

 第八章 お節介は愛なのか
 
 冬は雪が降らなくても白い世界。明るい白じゃなくて、暗い白。僕はいつも、暗い白の中で学校へ向けて登校をする。
 そして同じような暗い白を見つけると、それは冬だと思った。
 アスファルトの暗い白や、野良猫の暗い白。それに元気ハツラツ・オロナミンCと書いた古びた看板の暗い白。その看板には、黒い眼鏡を少し垂らしている謎のおっさんがいて、そのおっさんの服も、暗い白だった。

 探せばいつも、どこにでも暗い白はある。そして、いつも決まって学校前の家には、暗い白の車が停まっていて、その横っ腹には『24時間テレビ。愛は地球を救う』と書いていた。
 
 夏休みの終わりぐいらに、24時間テレビを見たことがある。
 黄色い服を着た人達が、募金をして欲しいと言っていた。時々、募金額が表示されて、もっと募金が欲しいと言っていた。

 僕はその募金額を見て、無量大数だと思って、募金額全部を自分が欲しいと思った。
 それだけのお金があったら、どこか僕の事を「めちゃ凄いやん」と褒めてくれる人達の国へ行けると思って、募金額が表示される時だけ、僕は地球のように救われているのかもと思った。
 でも『愛は地球を救う』という言葉の愛って何? と思う。一体それは何なんやろか。
 僕は24時間テレビで、障害者の人達を助けることや、欽ちゃんが疲れた表情で、募金をしている人達に握手をするのが愛なのか、分からんくなっていた。
 そしていつものように、頭の中が蓄膿症になった。僕の頭にある蓄膿症を治してくれるのは、放課後の先生しかいなかった。

 僕は終わり会が終わって、すぐに先生の教卓へ走った。
「先生、一生のお願いがあります」
「山岡君の一生のお願いは、百回あるって噂やんか」
「それって誰が噂してるん?」
誰が、そんな噂をしてるんやろか。
「それで、山岡君の貴重な一生のお願いは何なの?」
「えっとね、愛は地球を救うって、本当に愛で地球を救えるもんなん?」
「山岡君にしては、えらい難しい質問するねんな。残念やけど、先生は地球を救いたいと思ってないから、それは分からんよ」
「えー?! 先生は地球を救いたいと思わへんの?」
「アインシュタインでも解けない、山岡君という超難問を抱えているのに、地球を救う余裕は先生にはあらへんよ」
 僕の何がむずかしいしいんやろか。
「そんなに僕って、超難問なん?」
「山岡君は今も、本当に愛で地球を救えるのかって聞いてきてるやんか。他の生徒達は、愛で地球を救える話なんてしてはるか? 山岡君はいつも、他の生徒達とは全然違うところを見てはるから、先生からしたら超難問なんやよ。文章問題に出来なくて、困ってるねんから」
 でも先生は、どうして僕の事を問題にする必要があるのか分からんかった。それに、他の同級生は愛で地球を救えるのか気にならへんのやろか。
「みんな、愛で地球を救えるのか気にならへんのかな?」
「山岡君は夏休みの時に、24時間テレビをみたん?」
「うん、ずっと見てたけど、愛が何か分からへんねん。障害者の人達を助けるのが愛なんか、欽ちゃんみたいに疲れて握手をするのが愛なんか、また頭が蓄膿症になるねん」
「山岡君ね、あの24時間テレビでは愛なんて分からへんと思うよ」
「それはなんでなん?」
「愛は地球を救うって、誰からの視点の言葉なんか、はっきりしてはらへんし。先生の旦那さんは、足に障害を持ってて、車椅子で生活してはるねんよ。そしてね、先生の旦那さんは24時間テレビが大嫌いと言いはるねん。先生の旦那さんの視点から言うたらね、障害者の人達を助けてあげる事で、24時間テレビの人達が、僕達はいいことしてるやろ、凄いやろって、24時間テレビ側の人達が自分達の為にしてはると言うねんよ。障害者の為には、してはらへんねんて。その人がその文字を見て、どう感じるかは人それぞれなんよ」
 僕は先生が結婚をしてるというのも驚きだったけれど、先生の旦那さんは障害者で、あの24時間テレビが大嫌いと言っているのが、とても驚きだった。
「先生、じゃ愛は地球を救えないってことなん?」
「山岡君の視点から見たら、どうかって話やねんで。先生の旦那さんからの視点はね、愛は地球を救うの言葉にはね、お節介で障害者を救ってあげるわって、とても上から目線の言葉に思いはるねんよ」
「そうなんや。でも、愛でもお節介でも、それがどういうものなんか、ようわからへん」
「山岡君、最近島津さんに、いろいろ先生に告げ口されてるやろ? それは、大きなお世話やし、お節介やと思わん?」
 僕は島津の事を思い出した。
「あ、そうや。島津は大きなお世話やしお節介やねん。あいつアホのくせに」
「山岡君も、島津さんからのお節介を受けて、凄く嫌な気持ちになってるやんか。先生の旦那さんも、それと似た気持ちやと思うよ」
 先生の旦那さんも、お節介は嫌いなんやと思った。
「そういうことなんや。先生はやっぱり天才やわ」
「だからやね、島津さんは山岡君にお節介をして、山岡君を救いたいと思ってはるかもしれへんよ」
「あんなアホに、救われたいと思わへんわ。ほんと大きなお世話や。でもなんで島津は、僕を救いたいと思うんやろか」
「先生は島津さんじゃないから、分からへんよ。だけどね、先生の視点から見たら、島津さんの愛は山岡君を救うって感じに見えるよ」
「先生、ほんと堪忍して。気持ち悪い。絶対にアホの島津だけは嫌や。死んだほうがまっしや」
「まだ山岡君には、愛を知るには早いってことやねんよ。だから今は、愛は地球を救う事なんて考えても、あの24時間テレビを見ても、分からへんままやと思うよ。もっと大人になってから、またあの24時間テレビがやっていたら、愛と思うのか、お節介と思うのか、それで地球を救えるのかってことをやね、大人になってからまた考えたらええわ。今はもう考えな」
 今の僕では、まだ知ることが出来ないことだと分かった。
「それじゃ先生に質問やねんけど、先生の視点から見たら、愛は地球を救うという言葉は、どういう感じなん?」
「愛と言われてもやね、人それぞれに感じ方も違うし、捉え方も違うし、価値観も違うし、愛は十人十色。それに地球と言われてもやね、規模が大きすぎて、先生には、地球の何を見たらいいんか、分からへんねんよ。愛とか地球とかの言葉を使って救いますと言われてもやね、先生には地球は見えないし、地球を救いたいとも思ってないし、愛は旦那さんの為にしかないから、どうでもいいんよ」
「先生、難しい言葉が多すぎるわ。また僕の頭は蓄膿症になったやんか」
 そして先生は笑った。とても愉快そうに笑った。僕も先生の顔を見て、なんか嬉しかった。
「世の中にはね、山岡君の頭を蓄膿症にすることだらけやねんよ。頭が蓄膿症やと思ったら、もう考えな。考えたら負けやねんよ。だからもう今日は帰りよ」
 
 先生は前にも言っていた。人生は考えたら負け。そして愛は地球を救うことを考えても負けと教えてくれたような気がした。
 でもそしたら、どういうのが勝ちになるんやろか。またいつか、勝ちについて頭が蓄膿症になったら、先生に教えてもらおうと思った。


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