第1談 ネタバレあらすじ&最初の感想
文字数 3,875文字
この小説の一人称の語り手パウルは、1945年1月30日、ヴィルヘルム・グストロフ号がソ連の潜水艦に撃沈された日に生まれた。
パウルの母トゥラは、グストロフ号に乗船していた1万人以上のドイツ人避難民の一人だった。
救助船の上で生まれたパウルは、父を知らずに育ち、成長してジャーナリストになる。
母トゥラは、この惨事について書くことが「義務」であると、息子パウルに繰り返し言い続けていた。
グストロフ号の沈没事件について調べ始めたパウルは、www.blutzeuge.de. というウェブサイトと出会う。
このサイトでは、グストロフ号の名前の由来であるヴィルヘルム・グストロフの人生について詳しく説明されていた。
スイスのナチス党幹部ヴィルヘルム・グストロフは、ユダヤ人青年ダヴィド・フランクフルターに射殺されたことで、「殉教者」として彼を追悼する記念碑が建てられ、新造船の名前となったのだ。
パウルは、このサイトの運営者が自分の息子コニーであると気づく。
妻ガビーと離婚した後、パウルは離れて暮らす息子コニーと疎遠になっていた。
グストロフ号の沈没から生きのびた祖母トゥラの体験談を聞いたコニーは、船の沈没だけでなく、名前の由来の物語にも熱中するようになっていた。
サイトの掲示板でコニーは「ヴィルヘルム」と名乗り、「ダヴィド」と名乗る匿名の人物を相手に、グストロフ号の事件について激しい議論を交わしていた。
仮想世界で知り合った二人は現実世界で会うことを決め、一緒にグストロフの記念碑を見に行く。
そこで「ダヴィド」は記念碑に唾を吐き、「ヴィルヘルム」に扮したコニーは「ダヴィド」を銃で撃って殺した。
事件の後、仮想世界でユダヤ人になりきっていた「ダヴィド」の正体は、両親ともにドイツ人の家庭で育った、生粋のドイツ人青年ヴォルフガングだったことが判明する。
殺人事件を起こして少年院に収容された息子コニーが今、新たな「殉教者」としてインターネット上で称賛されている事実を知り、パウルは愕然とするのだった。 【完】
![](https://img-novel.daysneo.com/talk/11a0f328adb7ff9cc42b5cf4e9eabfdc.jpg)
サイトの主が息子コニーではないかと疑惑が出たあたりから、物語として筋が出てきて、最後の事件まで一気に読めました。
二度目に読んだときは、全体を面白く感じました!
対馬丸
1944年8月22日、アメリカの潜水艦に撃沈された対馬丸には、疎開児童や一般の疎開者が多く乗船していた。犠牲者は1484名と言われている。
グストロフ号
正確な乗船者数は不明だが、犠牲者は9000名を超えると言われる。
1972年にパレスチナの武装組織「黒い九月」がオリンピック開催中にイスラエルの選手11名を殺害した事件。
一つは、西側でも東側でも長い間タブーだったグストロフ号事件を歴史の闇から引きずりだして、明らかにすること。
もう一つは、パウルの息子コニーはどのようにして「ダヴィド」を殺すに至ったのか。
トゥラはそんな息子を「できそこない」「役立たず」(105頁)と罵った。
コニーにパソコンを買い与えたのも、ピストルを与えたのも、父であるパウルではなく、祖母トゥラだった。
コニーが殺人を犯すに至るまでの条件を整えたのは、トゥラだと言えます。
祖母トゥラも父パウルも、「本当の信念を持っていない」ところが特徴です。
右にも左にも行き、中庸を保っている。
それがタイトルの『蟹の横歩き』なのですが、作者はどういう意図があって、確固たるものが無い人物として設定したのでしょうか?
パウルは「蟹の歩き方」のように右にも左にも出すぎないで、なるべく公正に見せるよう、中庸を保つことを信条にして生きてきた。(11頁, 36頁, 120頁, 232頁)
祖母トゥラは、コニーが少年院を出所したら「きっと筋金入りの過激派になる」(234頁)だろうと言い、ファシズムが再び繰り返される未来を示唆した結末は、恐ろしいですね。
父たちから見た息子たちは、「ヴィルヘルム」を自称するコニーも、「ダヴィド」を自称したヴォルフガングも、本当に狭い世界で生きている偏狭な人物です。
国家社会主義やスターリン主義をどう捉えるかは、末端までいくと全く分かりません。
その末端の極端な例として、コニーやヴォルフガング、祖母トゥラがいます。
この世界の危うさを感じました……
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