キスの日SS

文字数 1,222文字

キスの日SS:時紡ぎIF

「誰か試してみる猛者はいないか」

 その場にいたのは竜と猫と人。
 一頭と一匹と一人は頭を突き合わせて唸っている。

「人じゃなきゃ、大丈夫なんじゃねーの?」
「じゃあ、君が試す?」

 目の前にはリンゴを齧って倒れたシェスティン。

「そもそもそのリンゴはどこから……」
「妖精が差し入れだと……」
「なに疑いもせずにもらってんだよ!」
「だいたい、シェスは死なないはずじゃないの?」
「そうだ。だから、自分が確かめるからと言って……」

 竜はシェスティンの様子を確認する。

「こうして眠ってる」
「え。眠ってるだけ?」
「かれこれ1週間だけどな」

 猫の呆れた声に人はその目を見開いた。

「だから、一応あんたも呼んだんだろ。気付け薬とか効くかと思って」
「効かなかったけど……」

 ちなみに、リンゴが喉に詰まってた時のことも考えて抱き起こしたり、背中を叩いたり、一通りのことは試し済みだった。
 残った最終手段。「王子様のキス」。
 これが、こと彼女に関しては最大の難関だ。
 キスした相手は漏れなく死んでいる。
 竜と猫と人はもう一唸りした。

「消去法に、する?」

 人はおずおずと提案した。

「残りの寿命を『持ってかれる』ことを考えると、竜はNG」

 少々残念そうに竜はうなだれた。

「少しでも生き残る確率を上げたいのなら、人の俺もNG」

 人は肩を竦めた。

「残った猫君、覚悟は?」

 猫はシェスティンを見てから一度体を震わせた。
 もしかしたらシェスは眠ったままの方が幸せなのかもしれない。そんな思いもよぎる。

「……やる」

 ひらりと彼女の上に飛び乗って、その頬を舐めてみる。
 もう何度も試してちっとも起きやしなかった。
 ごくりと喉を鳴らして、その赤い唇に自分の口を寄せる。

「あ」

 猫は竜と人の重なった声に驚いて閉じていた目を開けた。
 目の前には黄色。

「え?」

 きらきらした何かが猫の鼻をくすぐった。

「ぶ、えっくしょんっ!」
「……くしゅんっ」

 重なったくしゃみは、誰の――

「眠りの国に行けるリンゴはどうだったー? いっぱい遊んだ?」

 陽気な声がのんきに語りかける。
 ひらひら黄色い蝶の羽をもつ妖精はまったく悪びれた様子がない。
 猫はパンチを食らわせてやろうと腕を振るが、丁度届かないあたりをひらひらされてイライラする。

「邪魔すんな! キスし損ねただろ!」
「えー? キス、したいの?」

 黄色い羽の妖精はひらひらと猫の正面に下りてきて、ちゅ、と彼にキスをした。
 一瞬呆気にとられて猫の動きが止まる。

「えへへ。ごちそうさまー!」

 そのまま妖精はひらひらと窓から出て行った。

「――碌でもないな。スヴァット、無事か?」

 起き上がって、手を伸ばす彼女に気付いて猫は突進する。竜と人も顔を見合わせて顔を綻ばせた。
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登場人物紹介

シェスティン


 主人公。死ねない。年を取らない。

 常にあちこちを旅している。

 本人は呪いだと言っているが、呪いを感知できる竜は呪いではないと言う。


 イラストは 深海さん よりいただいたもの

 (表紙イラストは さかなさん からのいただきもの)

スヴァット


 非常食にしようと思っていたウシガエルが変身した?!

 どうやら多くの呪いにかかってる模様。シェスティンと呪いを解く旅に出る。

 月の光に当たっている間だけ……


 イラストは作者落書き

ラヴロ


 竜の生き残り。かつては『孤高の竜』と呼ばれていた。

 洞窟の奥深くにひっそりと暮らしている。シェスティンとは長い付き合い。

 真実の名前をシェスティンに預けている。


 イラストは pendleburyannetteさんによるPixabayからの画像 (著作権フリーのもの)

トーレ


 行商をしているが、実は薬師。お人好しで少々危なっかしい。

 シェスティンが竜の鱗を持っていると知って、何やら画策するのだが……


 イラストは 樹里さん よりいただいたもの

時紡ぎ


 大陸に残るおとぎ話に出てくる、時を紡ぐ存在。

 お姫様に恋をして、仕事が手につかなくなる。お話のラストにいろいろなバリエーションがあるが、ハッピーエンドは少ない。


 イラストは作者落書き

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