7月・星に願いを

文字数 6,575文字

「アル、ビレオ。食事の時間だぞっ」
 小さな竜二体を呼んで、特製フードを用意してやる。本格的に暑くなってくるこの季節、小さな翼で羽ばたくだけで涼しい風に癒される。
 最新の食文化は良く出来たもので、竜族に必要な栄養素が全部詰まった、それでいて不味くもないフードが開発されていたりする。いや、俺が食べたら不味かったけどね?そして二体にすごい睨まれたけどね?
 可愛いうちのアルとビレオがこれを食べているのを眺めている時間は、今の俺の中で二番目に優先度の高い人生の楽しみだ。
「ン――!?
 ――背後から殺気。少なくとも実力はあるほうだろう。
 まあまあ、ここは相手を刺激しないよう、焦らずいつものスタイルで。
「いやぁ~後ろの正面は竜人のお嬢さんかな?そういえばこのフードは竜人も食べれるのかな?なら俺や竜達とこれからお茶でもぉ――」
 ゆっくり立ち上がって後ろを向いていく。勿論、動きを感じたら避けられるように工夫していた、が。
「なんだ。アルタイルか」
「なんだとはなんだデネヴ」
「いや別に何も?」
 一応女性とはいえ同じ神族で、さらには男装。しかも腐れ縁のアルタイルと来た。こりゃあ流石に喜べないよ。うん。せめて目の前に突き出したナイフくらいは収めようね~。
 さてその殺気全開の白短髪の隣にいる、同じ腐れ縁の桃色ロングちゃんにも挨拶しておこう。
「ベガちゃんどうもっ、今日はわざわざ俺のためにありがとネ?」
「竜人のお嬢さん、という希望に沿えなくてごめんなさいねー」
「ベガちゃぁ~ん?そういうとこ引っ張り出さなくていいのよ~?」
 ベガはアルタイルと違って大人しく、所持する楽器も攻撃系ではないハープだが、サイズがデカいからたまにナイフより怖い。
 さて、アルとビレオの食事(を眺める)タイムを邪魔してくれたわけだ、さっさと事情を聞くとしよう。
「で、アルタイル。俺はもうすぐ、去年大雨のおかげで十分に満喫出来なかった短ーい夏休みを満喫しようという所なんだが、そんな気分を覆せるほどの用事を持ってきたと思っていいな?」
「貴様の休暇事情など知った事か」
「そりゃ残念」
 俺がやれやれといった感じで両手を上げていると、ベガがゆっくり口を開く。
「休暇に影響はありませんけど、今回の仕事をやらないと、今年も雨が降るかもしれませんよ?」
「その脅しは確実と思って任務を遂行するぜ」
「脅しだなんて、そんなものじゃないですよ~」
 よし、とりあえず仕事の依頼って事までは把握できた。

 で、そんなこんなで話を続け、仕事内容を把握。
「天まで上がってきたのは一年振りくらいか……星神達は元気にしてるだろうか……」
「仲間の今が気になるなら、直接会いに行けばいいんじゃないのか、デネヴ?」
「アルタイルさん、俺が勝手に抜け出して旅してる風来坊って事知ってて言ってますね?せめて今日は天帝とかに見つからないようにしないとな……」
 俺達がやってきたのは遥か上の(ソラ)の世界、天の川周辺地域だ。
 天界とも違う別のエリアで、直接的な下界への干渉をしないため、危険意識されていない。しかし人々はその場所を知っている。何故ならこのエリアの星々の様子は、下界から筒抜け。白の大地の夜最大の特徴となっているからだ。
「これが問題の天の川です~」
「ありゃりゃ、これはまた酷い荒れようで」
 ベガが指で示した川は水かさが増し、こちらまで攻めてきそうな大波が発生していた。
 その波を眺めていた一人の女性が、こちらに気付いて駆け寄ってくる。
「おっ、やーやーお久やねデネヴさん。今日は来てくれておおきに」
「どうも久しぶり、織姫。鮮やかな羽織がとても似合っているよ」
「きゃーイケボやわぁ。そのナンパテンションも相変わらずやなぁ、ウチに夫おる事把握して言っとるよね?まぁええけど」
 楽しそうにしながらも雑に流される感じ。調子が狂うが、これはこれで悪くないか。
 会話が弾んでしまいそうになるのを察知したアルタイルが前に出る。
「織姫、早速だが依頼の内容をコイツにも話してやってくれ」
 織姫がごめんごめんと呼吸を整える。しかし大して表情などは変わっていない。
「見て分かる通り天の川の大氾濫や。七夕も間近に迫るってタイミングでこれやから、ちょいと暇そうな下界暮らしのお星さま三人組を呼んでみたって訳や」
「暇じゃなくても、お嬢さんの頼みなら時間を空けるぜ?」
「別に暇ではないし、むしろスケジュールをどうにかやりくりしているんだが……」
「確かに最近は平和ですね、良い事です~」
 俺、アルタイル、ベガの順に返答。俺は誤魔化したが、実際暇なので当たっている。
「てなわけで、お星さまトリオさんらは彦星がこっちに来れるようにどうにかこうにかして欲しいってわけや」
「おいおい流石に説明が雑過ぎるってもんじゃないか?」
「ほな、ウチはこの時期忙しくてたまらんから、頼むでー。無事終わったらトリオさんらの願い事叶えるのも前向きに考えるさかい気張りや」
「マジだね!?なら俺を美女にモテモテに――もう行っちまった」
 織姫はふわふわと飛んでどこかへ。あのノリについていく彦星の野郎、案外凄いかもしれない。
 というか、お星さまトリオって今後呼ぶつもりかい。隣のナイフ使いが露骨に嫌がってるって。
 俺は華麗な反転ターンでお仲間二人を見る。俺の咄嗟に言った願い事や、無駄なターンはお気に召さないご様子。腕を組んでジト目のアルタイルと、普段から持ち歩いている椅子に座ったままキョトンと見上げるベガ。
 おっと危ない、視界が普通に幸せだったから一瞬ハーレムかと勘違いしちまった。だが残念、こいつらは腐れ縁なので見た目でしかときめかない。口に出そうものならもれなくナイフが飛んで来るし。
「まぁ、内容は分かった。願い事のためにも頑張らないとな。さて、どうしたものか……」
 顎に手を添えて考えるフリをしつつ、片目でチラッと女子に意見を促す。そんな様子も察してくれたアルタイルが小さくため息をつく。
「このタイプの依頼の経験はあまり無くてな。ベガはどうだ?」
 直前まで何も考えてなさそうだったベガが、「私ですか?」とハープから手を離す。
「そうですね~。とりあえず、もう少し川を近くで観察してみましょう~」
 文殊の知恵トリオ、寄る事も出来ずに敗北ってね。
 とりあえず唯一出た意見に従って歩き出す俺達。
「あらあら?」
 ベガが頬を触りながら立ち止まり、俺もその声のおかげでようやく異変に気付く。
「どうなってるんだ、空、というか世界全体がやけに暗くないか?」
 少々ビビっている俺に対し、アルタイルは冷静に周辺を観察する。
「この感じは――天照大神が岩戸に籠ったようだ」
「詳しいなアルタイル。ていうか、不運重なりまくってるな⁉」
「最近の天の変化というと、デネヴが久々に帰還した事くらいだ。貴様の存在が負の連鎖を生んだのかもな?」
「おっ?という事は、あの引きこもりお姉さん、俺が下界からいなくなると寂しくなっちゃうのかな?」
「もう今後貴様を無駄にからかうのはやめにする」
 アルタイルの俺への好感度をまた下げてしまった事を悔やんだりせずにヘラヘラしてる俺。
「むしろどうでしょう、もしこれが同じ理由だとしたら、原因が分かってラッキーかもですよー」
 ようやく興味を持ってきたベガが冴えた発言をしてくる。手のひらに拳を乗せる俺。
「仕事などで縁のある私が高天原まで案内しよう。七夕は近い、急ぐぞ」
 相手の姿さえ分かればアルタイルもやる気が出てきたご様子。俺もコイツらに負けるわけにはいかんし、そろそろ張り切っていこうじゃないの。

「連れてきたぞぉぉぉ!」
 沢山の猫を従えて全力疾走する俺。不本意ながら、俺は美女ではなく猫にモテるようなのでやろうと思えば簡単に猫軍団を用意できる。まことに不本意ながら。
「想定より数が多い。上出来だデネヴ!貪り喰らえ、イーグルバーベキュー!」
「技名くそダセぇ!ぷーくすくす!」
「う、うぅっ、うるさいぞアラフォースワン!」
「年齢疑われちゃうからやめような!アルフォースワンだぞ!」
「おふたりとも、仲良しですね〜」
 天岩戸近くの原っぱでバーベキューセットと共に待ち構えていたアルタイルが、猫に向かって肉串をナイフのように投げ込む。猫たちは肉と、同じようにその串に刺さる野菜に惹かれ、俺から離れていった。しかし暴徒と化した猫軍団の勢いは変わらないままだ。
 一息つけた俺が、忙しくなるアルタイルを眺めて感嘆の息を漏らす。
「本当に効果あるんだな……。あ、アルン」
「そう、以前貴様が話していた竜人のサラマンダー寄せを参考にしてみた。しかし、こ奴らが本当に肉を食っていいかは正直分からない。だからベガ、そろそろ頼む」
「もう大丈夫ですか?では楽器ちゃん、一緒に奏でましょう~」
 ベガの本領、ハープによる演奏が始まる。すると猫も俺も、アルタイルさえも心安らかに癒され、静まり始める。しばらく、仕事も何もかも忘れて、音に聞き入っていた。
 大岩の扉が少し開き、そこから顔を出した天照ちゃんも猫の姿とハープの音色に癒されていた。
 そして作戦通り、俺のアルとビレオが緩くなった岩戸を吹き飛ばし、引きこもりの天照ちゃんを引きずり出した。
「えぇー!またこのパターンですか?」
 困惑天照ちゃん。あれ?作戦通りだ。おかしい。
「いてっ、痛い痛いって」
 演奏が終わり、アルタイルが俺の耳を引っ張り上げてくる。
「竜への指示は貴様の仕事じゃなかったか?仲間が利口で良かったな」
「お前だって演奏中は俺に合図送らなかったじゃないか」
「合図を送れなんて言われてなかったぞ?」
 全く、演奏中みたく黙ってれば多少はイイ女だってのに。
 天照ちゃんが観念したようにトボトボと歩いてきた。今回は偶然俺達がやったけど、この女神様、どうやらちょっと拗ねる度に引きこもっているらしく、毎度引っ張り出してる側の方々にはお疲れ様を言いたい。
「どうも久しぶり、天照ちゃん。今回はどういった事があったんだい?」
「貴方は確かデネヴさん、でしたっけ。最近高天原で天津神達が争い始めて、私一人では収拾がつかなくなってきて……」
「おっとそりゃ大変だ。俺で良ければ力になるぜ?」
 普段は常に前向きな事しか言わない立派な女神だが、このパターンに入った時だけダメダメだ。とっても可愛いよね。
 天津神だろうが何だろうが、俺が全てぶっ飛ばしてやるさ~と女神様の手を引こうとしたが、感じた殺気に震えて数歩下がる。ちくしょう。
「現状の仕事を放棄するな。――天照大神様、星神の行事が間もなく始まりますので、ここは何卒……」
 さぁてこれで天の川問題解決でしょう。お日様女神さんへの挨拶は優秀なアルタイルさんに任せて、固まって眠り始めた猫たちをどうにかするとしますか。と歩き始める俺。
 起きている数匹の猫と戯れてくれていたベガが天を見上げ、呟く。
「あら……?日輪ちゃんを起こしたのに、川は安らぎませんねー?」
「何だって?……ベガ、猫を頼む」
「分かりました~。アルタイルちゃんには後で伝えておきますね~」
「助かる。――アル、ビレオ!」
 そろそろ時間も惜しくなってきた。竜二体に掴まって、最短ルートで星の世界へ移動した。

 再び天の川へ。視界は良くなっている。
「アル、ビレオ。お疲れさん」
 竜二体を休ませ、俺は一人、輝く足場を駆ける。
「織姫!悪い、間に合わなかったみたいだ」
「おぉデネヴさん。気にせんで。ウチが依頼飛ばすのが遅かったのもあるし――」
「いや、それじゃ俺が納得出来ない。多少強引でも、今から俺がどうにかして……」
 相手の喋りが終わる前に割り込んで喋ってしまったが、そんな俺も目の前の光景に口を開いたまま止める。
「――ウチの彦星、思った以上にやる男みたいや」
 七夕当日となって多少緩くなったとはいえ、氾濫の続く天の川。その急流を、歩いて進む彦星。両手両足に着けた、牛の怪力を具現する事象顕現装備を頼りに、一歩、また一歩と水をかき分けていく。
「こいつはすごいな。どうやら、俺の出番は無さそうか。流石に主役ってわけだ」
 しばらくしてアルタイルとベガが合流してきた。驚きの光景は、俺から説明するまでも無い事だった。皆で彼の勇姿を見守る。
 半分ほど川を渡り終えると、流石に限界が来て流されていく彦星。
「上々。アル、ビレオ」
 事前に準備していた飛竜に救出され、こちらまで運ばれてくる彦星。
「ゲホッ、ゴホッ。流石に、無理があったな」
 俺はその背中を叩いてやる。
「アルとビレオの運べる距離まで来れたんだ、胸を張れ、主役」
「闇が晴れなければこの決断も出来なかった。トリオには感謝だ」
「トリオと言うな」
 彦星にまで言われ、アルタイルがついにツッコむ。皆で笑ってハッピーエンドだ。

「じゃあ、俺は引き続き、氾濫の原因を探る。同時に、もし水かさが増した時に、川の全距離あんたらを運べるように竜を鍛えるとするぜ。または本気で橋でも建設してみるかね」
「依頼内容は、どうにかこうにかする、だったやろ?何もそこまでしなくてええって」
 織姫はそう言うが、俺は首を振る。
「解決しないと、俺の休日がまたモヤっちまうからな。それに、美女が困ってるのを放っておく奴じゃないって事は、あんたらもご存知だろう?――おいおい睨むなって彦星、冗談だって」
 分かっていると言って微笑む彦星。手を振って帰ろうとしたが、さらに織姫の呼び出し。
「ならせめて、短冊書いてき。彦星みたいなエエ夫にしたるから」
「遠慮しとくよっ。俺みたいな不真面目風来坊が彦星になっても、新しい天の川の壁が出来るだけってね。それに――」
 先に下界に降りていった腐れ縁美女達に追いつくべく、アルとビレオを肩に乗せる。明日も明後日も、きっとこんな毎日だ。
「俺は美女が好きだし、モテたいとは思う。けど、こんな愉快な今の俺も、大好きなんだ」

 で。夏休み、緩い服着て、雨宿り。アルとビレオは身を寄せ合って気持ちよさそうに寝ている。普段は俺を枕にするので重いが、今日は何故か助かっている。少し、寂しいけど。
「結局天の川氾濫の原因も普通の大雨、最近の災害級の大雨続きもエルダークラスの影響って事か。そりゃないよ記者ちゃんー」
 以前見つけた和室で、新聞を広げながら畳に転がる。まぁ今回は俺も大した仕事出来てないし、こうなっても何も言えないね。
 天軍の予測を信じるなら、エルダークラスは午後には去ってくれるそうなので、今のうちにちゃんと休もうと思いゴロゴロしていると、何者かに新聞を取られてしまった。広がる視界に見慣れた短髪。
「これは、期待通りに情けない顔をしているな」
「アルタイル、どうしてここに」
「私も来ましたよ~」
 浴衣のベガが和傘を閉じながら和室に入ってきた。桃色の濡れた髪が美しい。いや待て何故濡れる、傘差すの下手なのか?もしやハープが邪魔してるな?
 とにかく、それを確認してからもう一度アルタイルを見る。
「どうしてお前は普段着なんだ?」
「午後も仕事だぞ、貴様と違ってゆっくりしていられない。午前はまぁ、織姫からの依頼で貴様の様子を――」
「と言いますけど、本当は暇だから、だらしないデネヴさんの顔を見に行くと言っていたアルタイルさんですー」
「おいベガ、お前っ」
 補足説明しながら笑うベガにつられて、俺も大笑い。喧騒に起こされたアルとビレオが、俺を睨みながら飯を求めてくる。
「そうだ。良い機会だし、お二人さんもアルとビレオにフードをやってみるか?」
「良いのか⁉」「良いんですか?」
「ありゃりゃ、これは俺よりアルとビレオの方が人気者かな?」
 二人と二体のひとときを眺めながら、止みつつある外の空を眺める。そろそろ、天の川がまた閉じてしまう。デート中でお忙しいあいつらに、俺からもちょっとお願い事だ。
 こいつらが、いつまでも幸せでありますように。
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登場人物紹介

イオラ(2年D組)

学園を舞台にした短編の全体としての主人公。彼女を主軸として、関わりのある生徒達の様々な視点で物語が展開されていく。

見た目や成績のわりに、かなりのおっちょこちょい。

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