6月・六月の花嫁

文字数 5,473文字

 魔族の貴族、ジョヴァンニさんの開催した花嫁コンテスト。その実態は自身の嫁探しでした。偶然飛び入り参加していた悪魔のトップ、ベルゼブブさんとアドラメレクさんはこれを茶番と激怒。同じく怒りを買った参加者や、単に戦いに参加したいだけの方々も集まって大騒ぎとなっています。
「エレーナさん、こっちです!」
「は、はいっ!」
 呼びかけに気付き、飛び込んでくれた花嫁衣装のエレーナさんを抱き留め、安全な衣装部屋へと避難させました。彼女は水の精霊。足元の床や服などには聖なる水が纏われていて、抱き留めた時に私にもそれがかかってしまいました。不純物も無く、むしろ精霊の加護を得られる水は気持ち良いですが、服が濡れてしまうのが玉に瑕です。
「うわー、もみあげおじさん、すごい逃げ足だよ。おかげでバトルの衝撃波がこっちまで来そうになって危ない危ない」
 親友のミンリーちゃんが大広間を眺めて楽しんでいます。自分も、被害者が出ないように確認したいので、隣に立って覗き込んでみます。ちなみにもみあげおじさんというのは、主催者ジョヴァンニさんの事です。
「戦闘組と非戦闘組はちゃんと分かれられたみたいですね……?」
 どうやら、私が避難させたエレーナさんが最後みたいです。多分。
「あの二人はいいの?」
 ミンリーちゃんが指差した先にいるのは、トルトゥーラさんとアルンさん。戦闘組でも無い位置にいながら、大した避難はせずに戦いを眺めています。アルンさんが戦いに参加しないのは意外ですが、きっと何か理由があるのでしょう。
 私が避難確認に自信が持てなかったのは、あの二人の存在が原因です。危険を承知で呼びかけてみるべきでしょうか……?
「おーい!アルンさーん!」
「ちょっと、ミンリーちゃんっ」
 戦闘組、というかジョヴァンニさんに気付かれて避難場所にされたらどうするの!なんて思って慌てましたが、どうやら戦闘音は激しすぎて、こちらが多少叫んでも何も聞こえないようでした。安心です。
「あ、ほら見てリンラン!アルンさん、こっちに軽く手を振ってくれてるよ!」
 言われて確認すると、確かに、余裕の表情で小さく手を振るアルンさんが見えました。こちらに向かってくる様子もないので、あの場に留まるつもりでしょう。トルトゥーラさんも、そういうつもりと見ていいですよね……?
 私も手を振って、軽く会釈したら、衣装部屋の扉を閉めました。ほとぼりが冷めるまで、ここで待機するとしましょう。
「あの、助けてくれて、ありがとうございます」
「いえいえ。それよりコンテスト、お疲れ様でした。とても綺麗でしたよ」
 私がエレーナさんに笑いかけると、コンテストを思い出して尻尾が自然と揺れました。今はこんな状況ですけど、ちゃんとコンテストは最後まで進行できましたし、その参加者さん達の姿は、私はきっと忘れないと思います。
 振った尻尾はいつもより重く、音も鳴りました。確認すると、エレーナさんから受けた水が滴り、尻尾を振ると水をまき散らす迷惑さんになっていたようです。この部屋にはエレーナさんとミンリーちゃんしかいないので大丈夫ではありますが。
「お待ちどう~」
「あ、ありがとう……」
 ミンリーちゃんが布を持って尻尾の水を拭き取り始めてくれました。他の人に触れられるとくすぐったいし、たまに強く反応しちゃって、その人を弾き飛ばして怪我をさせてしまった事もあります。ですがミンリーちゃんは、私としては不本意ながら、扱いに慣れてきた様子。おかげでくすぐったくありません。少し恥ずかしいですけど。
「あ、服も濡れてますね。もしかして私がやっちゃいましたか……?すみません……」
 エレーナさんが気付いて頭を下げるので、いえいえ、と返して、服を乾かす魔術の準備をします。この程度は簡単に取り除けるので、ミンリーちゃんもわざわざ私の尻尾触らなくていいんですよ、全くもう……
「そうだ!リンランもエレーナさんみたいな衣装着てみようよ!」
「え?」
 意図が読めないミンリーちゃんの提案に魔術を途中解除してしまったので、顔だけ振り向きます。ミンリーちゃんは、にかっと笑って話を続けます。
「今服濡れてるし、せっかくの機会だから着てみようよ、花嫁衣装」
「え、いや別に濡れてるのはすぐに乾く――」
「コンテスト中、夢中になって参加者見てたでしょ?しばらく衣装部屋から出られないんだからさ、さっ!」
 そう言って背中をぐいぐい押してくるミンリーちゃん。確かに皆さんの姿は時間を忘れるほど眺めていましたけど……
「で、でもっ、私は皆さんのようには――」
 ――あの場で輝いていた皆さんのようにはきっと成れない――
 そんな事を咄嗟に言いかけて、エレーナさんと目が合いました。彼女は嬉しそうに微笑みました。
「私も自分に自信が無くて、でも皆さんが背中を押してくれたおかげで、最終選考まで行けました。私の前でその発言は使えませんよ?」
 そうでした。仲間の精霊達に勝手に参加させられて、そしてその背中を私達に押されたのがエレーナさんその人でした。
 エレーナさんも、最初はあまりの自信の無さに、髪型の似てる私に「影武者」をやって欲しいと言ったほどでした。実際、エレーナさんには竜人の私のように大きな翼や、尻尾などは生えていないので誤魔化す事なんて出来ないと分かっていたでしょうけど。
「……分かりました。どうせミンリーちゃんも、私が今何を言ってもきかなそうですし」
「もちろんだよ、あたしの事をよく分かってるねリンラン!」
 私は小さく、そしてちょっと笑ってため息をつきました。この状況で、この二人の前で、提案を断るのは無理そうでした。正直とても気になっていたので、二人には感謝しないといけませんね。
 鼓動にしては大きい音が小刻みに鳴っています。私の心でも表しているのでしょうか。


「想像以上に恥ずかしいです……!これを着て大衆の前に立ったエレーナさん、ひょっとしなくてもすごいですよ……!」
 カーテンを開けられない私。緊張で気分がおかしくなりそうです。
「さーさー出てきて!あたしに見せて、さあ見せてリンラン!」
 カーテンの奥で聞こえるミンリーちゃんの声。
「急かさないでください!コンテストの時も思っていましたが、何で無駄に露出が……」
「主催者さんの趣味か、魔族の文化では普通かもしれませんね。私も普段着の露出がこのくらいなので……」
 エレーナさんが冷静なコメント。確かに普段着との差はありそうです。私が普段落ち着いた色の露出の少ない服を着ているので、この純白のドレスは眩しすぎて、この場に立っているのも恥ずかしいです。
「もう待てない!それーっ!」
「ひゃぁ!」
 ミンリーちゃんがカーテンを引っぺがして私の姿が晒されます。エレーナさんとミンリーちゃんしかいませんが、真っ直ぐ顔も見れずに俯いてしまいます。しかし下を向くと眩しい衣装が。逃げ場がありません。
「お、おお……良い、すごくいいよ……!」
「一緒に参加出来なかったことを後悔しています……!」
「あーダメだよエレーナさん、リンランの花嫁衣装は軽率に見せびらかしたくない……!」
 私が翼を前方で囲って自分の姿を隠していると、ミンリーちゃんとエレーナさんが褒めてくれます。鼓動にしては大きな音が鳴ります。中途半端に隠しているとミンリーちゃんは露骨に覗き込んで来るので、諦めて翼を戻しました。
 もじもじと動かす私の両手を、ミンリーちゃんが握って持ち上げました。私が驚きに顔を上げると、さらに驚きの光景が。
「ミンリーちゃん、その恰好は……?」
「リンランが着替えるの遅かったから、あたしもその辺にあったの着てみた!どうどう?」
 とても可愛く、それでいて新たな魅力に気付けます。けど、タキシードを似合っていると評価するのは果たして良い事なのかどうか、判断が難しいです。
「う、うん。とっても、綺麗、です」
 かっこいいとか可愛いとか、もっと色んな感想がありましたが、どんな感想を求めているか分からず、言っていいものか悩みました。あと、今の緊張感のままタキシード姿の顔が近いと、親友でもドキドキしてしまい、言葉が選べませんでした。
 エレーナさんが私達二人を観察して、ふと思ったように口を開きます。
「それにしても、竜人用のドレスの中でもリンランさんのような有翼種対応、さらに尻尾の生えた竜人のミンリーさんに合うタキシードなど、ジョヴァンニさんの対応範囲はとても広いですね」
 確かにそうです。飛び入り参加の悪魔お二人の大きな角も問題なく通過しましたし、今回の参加者に有翼種の竜人はいなかったはずです。
「お金ありそうだもんね、貴族だし」
「もうミンリーちゃん、それもそうだけど、そういう事じゃなくて……」
「ジョヴァンニさんは誰か一人に狙いを定めるのではなく、あの参加者の中から本当に花嫁を選ぶつもりだったんだなと、改めて確信しました。あの方は魔族、さらに貴族だから血筋が大事かもしれないですけど、種族の違いは全く考慮していない。けっこう良い人なのかもしれないなって」
 私の言いたい事を、エレーナさんが続けて代弁してくれました。
「まあ確かに、オセロニアに種族の壁があまりないとはいえ、貴族とかは同種族を選びそうなイメージあるよね」
 ミンリーちゃんも納得したように手のひらに拳を軽く打ちました。
「このまま、薄い壁が完全に無くなる時も近いのかもしれませんね」
 竜人族の中でも珍しい有翼種として、不思議な目で見られた経験は後を絶ちません。さらに私の角や翼、尻尾は強靭。文化を学びながら平和に生きたいのに、戦闘を好む竜族の方々から迫られて大変だった時も多くあります。ミンリーちゃんやレイファさんが助けてくれなかったら、どうなっていた事か。――いつか、そんな現状も改善したい。そう思います。
「じゃあさ、結婚とかするにおいて、逆に今でも強く隔ててる壁って何だろう?」
 面白い質問をいただきました。真剣に考えて、自分なりの考察を言ってみます。
「神々との混血も今は普通にいますし、年齢差も異種族の平均年齢や寿命的に気にされてないですし……本当に残り続けてる壁というと、過去に罪を侵した魔物との混血か、あとは性別くらいしか残っていないかと」
 半分笑いながら答える。もう少し壁を探したかったのですが、この世界の平等感は本当に素晴らしいものだと思えました。
 その答えを聞いたミンリーちゃんは歯を見せて笑い、突然、片膝を着いて私を見上げました。
 見下ろす私の鼓動が早まります。例の大きな音もまた鳴り始めます。
「アタシはその壁、大して厚いとは思えないな。例えばさ……リンラン、どう?あたしとなら」
 冗談っぽく振舞っているミンリーちゃんですが、真面目に考えると、どこかでこの壁は壊すべきなのではないかと考えてしまいます。種族よりももっと身近にある、なのにずっと存在する。そんな壁があっていいのでしょうか。
「本気で性別の壁を破るつもりなら、ミンリーちゃんもドレスを着た方が良い気もするなぁ。個人的に私としても、あなたの花嫁の衣装を見てみたいです。その方がきっと可愛いですから」
「あ、そっか!じゃあ後でそっちも着てみるね、普段みたいにお揃いの!」
 相手のノリがだいぶ冗談っぽいので、その挙げられた手を重ねてみました。そして満面の笑みで立ち上がったミンリーちゃんと共に、その扉の向こうへと――
「闘技っっっ!!」
 その直前、衣装部屋のガラスが割れました。そして思い出しました。この扉、今は開いちゃいけないんでした。
 気分がおかしくなっていたのを覚ましてくれた恩人は、ガラスを割って衣装部屋に侵入。破片はエレーナさんの咄嗟の防御魔法で防げました。さっきから鳴っていた音は、この侵入犯がガラスを叩いていた音だったようです。
「獅子舞のアレ?」
 ミンリーちゃんが侵入犯を見てつぶやきます。私も同じ感想を抱きました。新年に見る、あの赤と緑の大きなアレです。
 その獅子さんが体を揺らしながら、可愛い声で喋りました。
「お二人とも、わたしが修行で籠っている最中何をしているかと思えば!抜け駆けは良くないですよミンリーさん!」
「獅子さん!アタシはそういうつもりじゃ……いやわかんない、そういうつもりだったかも」
「ミンリーちゃん!?」
 驚く私をよそに獅子の面を外した侵入犯。その正体は見知った人物。私達はこの人と三人でいつも仲良く過ごしていました。
「レイファちゃんだ!」
「そうですミンリーさん!今こそ修業の成果を見せる絶好の機会です、行きますよ!!」
「うひゃあーっ!」
 ミンリーちゃんとレイファさんが仲良く格闘を始めました。お互い本気ではない、(竜人の常識内では)とても小規模なドタバタです。
 とりあえず、私は黙って数歩離れて困惑状態です。まあ、一番困惑しているのはエレーナさんでしょうけど。
 この騒ぎのおかげで緊張は解けて、今の自分の姿にも慣れてきました。エレーナさんと目を合わせて、「素晴らしい機会をありがとうございます!」と表情で伝えます。相手も伝わってくれたようで、笑顔を返してくれました。
 いつかこの服を、本来の目的で着る事になるかもしれませんが、今は考えない事にします。
「リンランさん、次の機会があったら、コンテストに出てみてはどうでしょう!?」
「駄目だよレイファちゃん、リンランはあたし達二人だけのものなんだからーっ!」
 目の前で仲良く騒いで笑っている竜人の友達。この二人と過ごす日々が、今は最も幸せな時間ですから。
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登場人物紹介

イオラ(2年D組)

学園を舞台にした短編の全体としての主人公。彼女を主軸として、関わりのある生徒達の様々な視点で物語が展開されていく。

見た目や成績のわりに、かなりのおっちょこちょい。

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