3月・さよならの季節

文字数 2,060文字

 青い翼が背中から現れ、急速に大きくなる。自分がそんな勢いに圧される事無く、真っ直ぐ立っていられた事で、もう手遅れであることは確信してしまった。
「力もそれ相応に強まった……完全に竜人になってしまったな」
 気分に合わせて尻尾が垂れ下がる。そんな無意識な動きでさらに実感が湧き、マルガレータはため息をつく。
 マルガレータが世話になっていた村は鬼族に縁があって力はあるが、普通の人間が暮らす村だ。力をくれた鬼族の信仰故に、竜や竜人に対しての信仰心は無く、むしろ平穏を乱す悪魔同然のイメージを持つ。先祖の代に何か理由があるのだろうが、そんな事は気にならない。
 マルガレータもそこで育ち、鬼の血による高い身体能力を持つ身。日々村に近付く、竜族を狩る戦士の職で村に貢献してきた。
 しかし今日の獲物となった邪竜、倒した際にどうやら憑依の呪いが発動したようで、時間が経つにつれて体に棘が、角が、尻尾が、そして翼が生え、現在に至る。
「これじゃあ、私自身が警戒対象じゃないか……」
 村の入り口近くまで来たが、こうなってはこの先には進めない。髪色も変色し、服も棘が生えた時にボロボロになり、紫の鱗が肌を少し覆う程度。かつての姿が残るのは声と顔つきくらいしかないはず。きっと村の人々はこの姿を見て、自分がマルガレータだと気付いてはくれないだろう。友達のヨシノなら気付いてくれるかもだが、影響力の無い一人が分かった所で混乱は抑えられない。
 思考を巡らせて希望を探したが、やはりここには戻れない。誰かに見つからないうちにと、村に背を向け、強靭になった竜の足を踏み出した。
「世話になった。さよなら」
 人間という種族に別れを告げる、何とも規模の大きい言葉だ。今日私が戻らなくても、この棘や翼で破れた服の布でも見つけて、死んだと思って貰おう。もしヨシノが私を探して見つかって、それがこんな竜の姿なんて嫌だ。
 さあ、憑依の呪いを解く方法を探そう。もし人間に戻れた暁には、きっとこの村に戻ろう。
 おしゃれに興味が無かった私に可愛い服を着せてくれた、あの友の服をまた着るためにも。彼女は最近調子が悪いと言っていた。私が戻るまで、どうか元気でいてくれよ。
 ――呪いを解く方法……とりあえず、竜の里にでも向かってみるか。
 かつての敵対種族、しかし、だからこそ。

〇 Ⅰ 〇 ●

 日々力が強まるのは感じていたが、今日ついに鬼が顕現した。その目、やっぱり私を狙っている。この村の人間が鬼族と関わりがあったのを、今ようやく実感した。
「マルさんの帰りが遅い……」
 村の中でも特に強かった友人、マルガレータさんなら。この状況をなんとか出来ると思い、助けを待ったけど、帰って来ない。
 握ったまま離れない左手の刀から力が溢れる。視界の家が消え、周辺が青い闇に覆われる。同じ色をした炎のような鬼は、無言で私に語りかける。
 実際の所は分からないけど、きっと依り代として私を選ぶための侵食を行っているのだろう。視界がどんどん暗く見えなくなる。
 そして反抗する気力が湧いてこなくなり、この状況に対する恐怖も無くなってくる。むしろ、これから何をしてくれるのか楽しみになっている気持ちに気付いた。もう手遅れだろう。
「足りない……私は求める……」
 勝手に開く口。青い闇、そして鬼の色が血のような赤に染まり。刀が左手から順に、体の支配権を奪ってくる。その力は一瞬で脳まで――

 気が付くと、家の外。体は妖刀・鬼神楽を鞘に納める体制で止まっている。その手には、直前に見た闇のような赤い血。
 刀の重みを遅れて感じてしゃがみ込む。その地面も赤く染まっていた。
「え……?」
 辺りを見渡す。自分の姿を見る。村を駆け回る。
「嫌……嫌……っ!」
 私の家族含め、村人全員を、この刀を握った私が斬ったのは想像に難くなかった。ここの村人はみんな強い。それらをみんな、こちらは攻撃を受ける事なく一方的にだ。服は雑にはだけていて、腕も疲れて痛い。私の身体の疲労や能力の限界を無視して、強引に扱ったのだろう。
「カグラ……どうして私なの……」
 頭に浮かんだ鬼の名を呟く。鬼の支配は消えた訳じゃない。刀も手から離れない。何故か涙は出なかったが、絶望と悲しみを感じて立ち尽くした。

 死体の中にマルさんのものは無かった。本当に今日は帰りが遅い。
「もし会えても、私が正気を保てるか分からないよね」
 私は村を出た。今後、人には会わないようにしよう。
「さよなら」
 人間という存在に別れを告げて歩き出す。酷い運命だ。マルさんがこの村の姿を見たら、私も皆と共に死んだと思って、どうか探したりしないで欲しい。
 もし人とずっと関わらなかったら、次に体を乗っ取られた時、人がいる所まで移動したりしないだろうか。もしそうなったら、どうしようもない。
 ――私を止めてくれる、最悪殺せる存在。例えば、竜族なら。

 さよならは、終わりであると共に、新たな始まりであった。
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登場人物紹介

イオラ(2年D組)

学園を舞台にした短編の全体としての主人公。彼女を主軸として、関わりのある生徒達の様々な視点で物語が展開されていく。

見た目や成績のわりに、かなりのおっちょこちょい。

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