猫 

文字数 1,828文字

 朝6時。
テレビを点けてニュースを見る。今日の天気予報、為替、株価、主なニュース。
タクシーの運転手が鳩を車で轢いて逮捕されたとあった。
道をどかない鳩に腹を立てたらしい。
「そうか。成程な」と思いながらも、今日も日本が平和である事を有難く思う。

椅子に掛けておいたエプロンを着けてコーヒーを入れる。
豆はマンデリン。未耶の好きなマンデリン。コーヒーのいい香りが漂う。冷蔵庫を開けて卵とバターを取り出す。バターをフライパンに入れてスライスした玉ネギとベーコンを入れて炒める。卵を器に入れてかき回し、そこに垂らせばオムレツの出来あがり。
 幸人は時計を見上げる。
そろそろ未耶が起きて来る。

 未耶が眠そうな顔でやって来た。未耶のコップにコーヒーを入れると温めたミルクを注ぐ。冷蔵庫の中から昨夜作って置いたサラダを取り出すと、ドレッシングと一緒にテーブルに置いた。パンをトースターに入れる。

未耶がぼーとした顔でパンを齧る。頭の中は半分以上夢の中だ。
短い髪は好き勝手に跳ね上がり、天パーと寝癖の区別が付かない。パジャマにしているロンTは衿が伸びて白い鎖骨が見えた。
「幸人。私、さっきまで、猫を飼う夢を見ていたの」
未耶はそう言ってふふっと笑った。
「猫?」
「そう」
「それがね。子猫のはずなのに、すごく大きな子でね。全然子猫じゃ無いの。私はその猫を抱いて階段を降りるのだけれど・・・」
「階段がね。サーカスの空中ブランコをもっと小さくしたみたいな金属製のブランコなの。そこに足を掛けるの。そのブランコは片足しか乗せられない位小さいの。それが空中に沢山浮いていて・・・それを次から次に伝って降りていくんだ。片足を付けて体重を乗せると傾くのよ。上手にバランスを取ってつないで降りて行くの」
「ふうん・・・空中に浮いているんだ」
「うん。そう。下は底無しだった。ねえ? これって吉夢かしら? それとも凶夢?」
「そもそもそんな危険な階段を下りる事自体吉夢じゃ無いんじゃないの?」
「でも、猫がいたの」
「でかい猫なんだろう? 可愛げの無い」
「そんな事は無い。猫は大人しく私に抱かれているの。私、それが嬉しかった。だって、猫が暴れたら、猫を落としてしまうから。猫は私を信頼しているのだと思ったの」
そう言って未耶はオムレツにケチャップとマヨネーズをかける。
「それ、かけ過ぎだから」
幸人はオムレツを指差す。
「ねえ。幸人、猫を飼おうか」
未耶がトマトを箸で摘まむと幸人の皿に入れる。
「トマト、嫌い」
「猫は一匹で沢山」
幸人が返す。
未耶がきょとんとした顔をする。
「ほら、早く食べて行かないと、遅刻するぞ」
幸人はそう言って立ち上がる。
「うん。でもコーヒーをもう一杯」
「入れて置いてやるから、早く顔を洗って来いよ」
「はい」


 玄関先で未耶を見送る。
「幸人。今日の夕飯は?」
「あっ、今日、俺、オフ会」
「ふうん。いいなあ。じゃあ、私もどこかで食べて来る」
「どうせ、仕事で遅いのだろう?」
「うん。まあね」
紺のパンツスーツに白のブラウス。淡いピンクのスカーフ。金のピアス。
パンプスに足を入れるとバックを肩に掛けた。
さっきまでのだらしのない姿とは別人。くりくりと跳ねた茶色の毛先はムースでちょっとまとめられ、頭の上で大人しくしている。
「行ってらっしゃい」
「行って来ます。ゆっくり眠ってね」
そう言ってドアから出て行ったのに、すぐに戻って来た。
「スマホ、スマホ、スマホ忘れた」
「え、どこ?」
「多分、ベッドの所」
慌てて部屋に戻りスマホを持って来る。
「慌てて行くんじゃない。気を付けて行けよ」
そう言ってスマホを渡す。
「うん」
未耶が急ぎ足で歩いて行くその後ろ姿を見送る。
未耶が見えなくなって幸人はドアを閉めた。
幸人は食器を片付けながらテレビを見る。食洗器に食器を入れて歯ブラシをする。
夜中の2時に起きて仕事をしたから、もうそろそろ眠くなる。ちょっと寝ようと思ったのだけれど、またPCを起動する。
頼まれたイラストのラフスケッチを送ったらクライアントから「ここは花では無くて龍を入れてくれ」と来た。「はあ??」と思ったが、仕方が無いから訂正をする。追加料金を請求する。
「龍って、どんな龍?」と送ったら、「こんな感じ」と龍についての文章が送られて来た。流石、作家だなと思った。文章から大きな龍が立ち昇ってくる感じがする。
頬杖を突いて、ちまちまと修正をする。大きな欠伸が出た。
PCを消して布団に潜った。未耶の匂いがする。
未耶の枕を抱いて目を閉じた。


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