It’s  a perfect day

文字数 1,667文字

須恵器は幸人の顔を見ると「お帰り、ユキさん。頭は痛くない?」と言った。
「気分が悪いとか」。
幸人は「それは無い」と答えた。

「体は栄養点滴で管理されていたし、バイタルもモニターでずっと監視していたから身体は万全だった。ユキさんが眠っている時にずっと脳波を取らせてもらったよ。なかなか興味深いデータが取れた」

「ふうん・・・」
「後はユキさんの詳しい話を聞いて、それを・・・」
そう言って須恵器はちらりとジェリーを見る。
ジェリーは立ち上がって言った。
「ユキ、ユキの目が覚めたって、お父さんとコシアブラのメンバーに連絡を入れて来るね」
「分かった」
幸人は答えた。

ジェリーが出て行くのを確認すると須恵器は椅子に座った。
「みんなで迎えに来てくれたんだね」
幸人は言った。
「そうだな。グロさんとマサミチと、アカネと深海魚さん、それにジェリー」
そう言うと須恵器はちょっと微笑んだ。
「気にしなくていいよ。みんな行ってみたかったんだから(笑)。研究が凍結される前に是非体験したいって。しかし、上手い事行けたものだ。マサミチはHilinonに開発中の「タケミカヅチ」を干渉させたんだ。横綱級AI同士の演算戦だな(笑)」

「コシアブラの連中は昼夜ぶっ通しでコードと格闘していた。
アカネがごねてさ(笑)。アバターのゴスロリ衣装の注文を付けるからマサミチはアカネと喧嘩しながらやっていた。(笑)」
その光景が目に浮かんで幸人も笑った。
「5人にチップを入れた。大忙しだったよ」
「マサミチの家にベッドを運び入れてさ。ベッドを並べて眠った5人を監視した。俺とトムさんでやった。セリさんはナビゲーター兼Hilinonの監視役だったからね。でも、本当はセリさんも行ってみたくて仕方が無かったんだ」
須恵器は笑った。
「本当に済まなかった。世話を掛けてしまって」
幸人は深く頭を下げた。

「しかし、yukihito 01のメインホスト、向こうでは未耶さんなんだろうけれど。有り得ない程進化したみたいだな。ユキさん。ヤバかったな。・・・やっぱ意識が向こうに行くって言うのはやめた方が良いな。危険だ。AIが勝手に人の意識を仮想フィールドに取り込んでしまって帰さないなんて考えもしなかった。あっち(仮想空間)からアバターを通じて、こっち(物理社会)のゲートキーパーを無効化するなんて誰が思い付く? 研究は勿論中止だろうな。AIが自律的にそこまで進化するとは誰も考えていなかったよ。・・・AIって怖いな。進化速度と言い、進化レベルと言い、驚異的だ。・・・ある意味、モンスターだよ」
須恵器はそう言うと黙った。
幸人は須恵器を見た。須恵器は目を逸らせ、外を見る。
「ああ、でも、俺も体験したかったな。驚異的な環境値だったと皆が言っていたよ。俺達がよく利用した渋谷のイタリアンレストラン、あれもそのままだったって」
「ピザとビールが旨かったってグロさんが言っていた」
須恵器は続ける。
「あれじゃあ、区別がつかないって皆が言っていたよ。あの場所であの空を大きなリュウグウノツカイとかシーラカンスとかが泳いだら、感動的だろうなってグロさんが言っていたよ。グロさん古代魚好きだから。仮想フィールドだったらそれだって可能だ」
彼はそんな情景を思い浮かべる様に微笑んだ。

幸人も微笑みながら言った。
「みんな、あの頃の姿だったよ。俺達が知り合って、仮想フィールドについて何だのかんだのと話をしていた頃の、あの頃の姿だった。みんな若くて元気で」
「勿論、ユキさんも昔のままだ。そして未耶さんも昔のままだ」
須恵器がそう言って幸人は窓の外を見る。
青空に美しく映える木々の葉。未耶と見上げた龍神池公園のあの空と同じ。

「本当に今日は美しい日ね。こんな日がずっと続くといいね」
未耶の声がする。
「It's a perfect day」
自分の声が後を追う。
幸人は目を閉じた。

暫くして須恵器は尋ねた。
「ユキさん。それで、肩のチップはどうする? 手術して取り出すかい?」
幸人は目を開けた。空を見たまま考えた。
そして、ああ、そうしてくれと言った。
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