対極にあるもの

文字数 2,366文字

 ころころころ・・・小さな球が転がる。
 ぱたんとシーソーが動く。
 またころころと球が坂を上る。そしてシーソーは動く。
 幼児のおもちゃみたいな小さなシーソー。プラスチック製で台はピンク、支柱は水色だった。


「どうしたの?幸人?」
 未耶が聞いた。
 幸人は頬杖を突いたままぼんやりと未耶を見ている。
「幸人。目の焦点が合っていないよ」
 幸人はコーヒーを一口飲むと言った。
「うん・・・最近、疲れているのかな・・・? どうも夢見が悪くて」
「どんな夢だったの?」
 未耶はオムレツにトマトケチャップをたっぷりと掛けながら言った。
「うーん・・・何と言うか、霊と遊ぶ夢」。
 幸人は答えた。

「小さなシーソーがあるんだ。支点で支えられた板があって、そこを球が移動するだけのシンプルなやつで、幼児の玩具みたいなものだよ。
 球が移動する。するとシーソーは動く。ガタンって。球は坂を勝手に登って行くんだ。それで、そちらが下がるとまた逆方向へ上って行く。それを延々と繰り返すの。球が坂を勝手に上がる訳は無いのだから、誰かが動かしているのだけれど、それが見えない。見えない存在が球を動かしている。俺はずっとそれを見ていて、霊が遊んでいるんだなって思う」
「それって怖いのかな? それとも楽しいのかな?」
「俺はちょっと怖いのだけれど、遊んでいるから付きやってやろうと思っている。でも、いつまでもそれを繰り返しているから、じゃあ、俺は、もう帰るからって言って去ろうとすると、そのシーソーが後ろを付いて来るの」
「怖!」
「怖いんだけれど、そんなに怖くも無いんだよなあ・・・。こいつ、シーソー遊びをもっと俺に見せたいんだなって思ってさ。じゃあ、もう少しだけ付き合ってやるよって言ったら、またシーソー遊びを始めるの。
 暫くして、もう、流石に帰らなくちゃいけないんだとシーソーに言ったら、シーソーが止った。それで俺は、またね、と言ってそこを去った」
「ふーん・・・」
「後ろを振り返ると、またシーソーは動いている。けれど、もう追い掛けては来ない」

「そういう夢ってすごく怖い訳じゃ無いんだけれど、不安なんだ。自分の中にある恐怖とか不安とかを相手に気付かれない様にして平気な顔でやり過ごすの。弱みを見せてはいけないんだ。
 俺が本当はそいつを恐れている事をそいつが知ってしまうと、そいつは豹変するかも知れない。
 だから平常を装う。・・・その夢はすごく怖いと言うよりも、何と言うか不穏で不安な夢なんだ」

「霊ってさ。前に動画で見ただろう? あの、どこかの神社で他の紙垂は静止しているのに、一枚だけくるくる回っているやつ、あんな風に単純な事を延々とやるのが好きなんじゃ無いかなって、なんか納得したんだよね」

「ふうん・・・」

「未耶。『霊』と言うか『魂』と言うか、それの対極にあるものは何だと思う?」
 未耶は少し考える。
「AI」
「やっぱり?」
「うん・・・そっかなあと思う」
 未耶は答える。

「『霊』とか『魂』は『命』そのものであって、知性とか理性とかは無いんだ。
 AIには底無しの知力だけがあって『命」が無い。理性だって無い。・・まあ理性は学習して習得できるか。・・・でも、どちらも実体が無い。存在が見えない。けれど何か別のモノで表現されるからそこに在るって分かる。『霊』は不可思議な現象で。『AI』は作動するプログラムの効果で。だから現象でしかその存在を知る事は出来ないんだ」

「似ているけれど、決定的な所で対極なんだ。そしてどちらも怖い。扱いを間違えるととんでもない災厄を呼び込む」
「ふうん・・・」
「そんな事を考えたんだ」
 幸人はそう言うと、また、コーヒーを一口含んだ。

「霊にもAIにも『怖がっている』という事を知られちゃいけないのね?」
 未耶がふふと笑う。
「そんな事は無い。AIはプログラムを消してしまえばいいのだから」
「消えなかったら? どこかに隠れてしまって」
 未耶が言う。
「電力の供給を止める。計算資源を断ち切る。最悪PCを初期化しちゃう」
 幸人が返す。
「あっという間に消えるぜ?」
「そのAIが猫並みの知能になるまで再起動を繰り返すとか?」
 幸人が言って未耶が笑う。
「賢いAIはちゃんと自分のバックアップをどこかに隠して置くかも」
「計算資源だって常時稼働しているPCにアクセスして自分のプログラムをこっそりと忍び込ませ、バックグラウンドで作動し続けるかも知れない。あれ、何か重くなったな?と思ったらいつの間にか裏でプログラムが動いていたみたいな?」
「ウィルスだな」
 幸人は笑った。
「最後は物理基盤をぶっ潰す」
「原始的だね」
 未耶が笑った。


「未耶はどんな夢を見たの?」
 幸人は尋ねた。
「ううん。私は夢を見ていない」
 未耶はそう言った。

「幸人。AIも夢を見るのかな?」
 幸人は笑った。
「俺、同じ質問をマサミチにした事がある」
「マサミチ君は何て言っていたの?」
「そんな事は無いって。絶対に無いって。そんな事になったら、そりゃあ、化け物だって言っていた(笑)」

「幸人はどう思うの?」
「うーん。見ないだろうなあ・・・ AIが夢って、それってバグって事? それとも記述が不正確なせいで不完全で曖昧な効果が・・・・プログラムの揺らぎってことかな?」
 幸人は言った。
「揺らぎね・・。記述が揺らいだらちゃんと作動しないんだけれどね。でも、それって素敵な表現ね。アルゴリズムの揺らぎね」
 未耶が笑った。
「それともデリートしたコードとかジャンクファイルとか、そんなものの気配がAIに夢を見させるのかも知れない」
「データの残滓か・・・。揺らめく陽炎の様なモノかしら? サイバースペースに忍び込む影の様な存在ね。・・・幸人、あなたは詩人ね。マサミチ君なんかよりもずっと素敵な答えよ」
 未耶が顎に手を置いてにっこりと笑った。
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