第34話 狂気の集い
文字数 2,185文字
「スタッグさん、マップメーカーとはどんなお仕事なのですか」
「そうだな、国や団体の発注を受けて迷宮や林道、街道の地図を作るのさ」
「大変そうなお仕事ですね、今も続けているのですか?」
「いや、魔族国は無くなっちまったからな、開店休業さ」
「・・・人族を恨んでいますよね」
「うーん、魔族はほとんど死んでしまったけど、国同士の喧嘩だ、個人を恨んでも仕方ないさ」
「ご家族も亡くなられたのですか・・・」
「いや、もともと俺には家族はいなかったんだ」
「ここしばらくは海の向こうにある大陸の国々を旅して回っていてな、だから戦争にも加わってはいない」
「すごい!海の向こうの国ですか」
「どこでも戦争していたよ、争いのない世界はないな」
「そうなのですか・・・愚かな事です」
「でもな、一か所面白い国もあったよ、通称春の国って呼ばれてた、若い女王がいてさ、二メートルを超えるオーガや人間たちを引き連れていた、銀髪のハーフエルフみたいな人だった、少し前までそのオーガ族と戦争してたらしいんだけど、その女王が三メーターもあるオーガの王様をやっつけたんだそうだ」
「ええっ、三メーターもあるオーガですか、どうやって」
「聞いたところによると弓だそうだ、絶対に外れない女神アルテミスの弓」
「その国は俺みたいな角有でも、オーガやエルフ、もちろん人間も差別されない優しい国だったな」
「なんて素敵な国、私も行ってみたいです」
「ああ、行ってみるといい、いろいろ勉強になるぜ」
パチパチと焚き火の明かりが揺れる、まだ少女、いや子供の印象が強いユーリエの顔に影を作る。
「でも、きっと無理、私が異世界人の結婚相手を見つけて新たな領地を得ないと我がバーミリオン家は終わりだもの」
「異世界人の結婚相手?お前年は幾つだ?」
「・・・十四歳・・・」
「・・・お前も大変なんだな」
「五日後に旧魔族領議会棟で異世界人勇者様たちとの婚活パーティーがあるのです、そこで相手を見つけなければなりません」
「なぜ一人なんだ、馬車も自分で運転もしていたようだが」
「一人で来ましたから・・・貧乏貴族には人を雇う余裕はないんです」
スタッグは呆れてしまった、十四歳の子供を嫁がせた代償に領地を得ようとする事が理解できない、子供を踏み台にしてまで富がほしいのか。
呆れるを通り越して怒りが沸いてきた。
無意識に顔に出ていたかもしれない、ユーリエが察した。
「仕方ないんです、貴族に生まれたのですから自由はないのです」
「貧乏自慢なら負けないが、俺の方が幸せなのかもしれんな」
「私は自分が不幸だとは思いませんが、スタッグさんの生き方には少し憧れます」
「さっきの見えない虫みたいのは何なのですか」
「あれか、あれは冥界の吸血蟻だ、サガル神山の樹海の下草、ここにもあるけれど魔笹の中に潜んでいる恐ろしい魔物だ」
「なぜ、そんな魔物が・・・」
「ああ、俺も樹海の中に潜んでいたんだが、最近、あの蟻が爆発的に増えちまって逃げ出してきたんだ、今樹海の中には吸血された魔族や家畜たちの抜け殻がそこいら中にあるぞ」
「初めて聞いた魔物です」
「ああ、滅多に出くわす奴じゃないんだがな、山がおかしいんだ」
魔笹は野営地の近くにもある、そして花は終わり実が結実している、甘い香りは薄くなってはいるが笹の根元には蟻を養うベッドが敷き詰められている。
白く蠢めき、孵化した蟻たちは芳醇な実を思う存分その身に蓄えて白い皮を鏡の殻に成長していく。
「黒い笹の花が咲いて結実している、初めて見たわ」
「甘い匂いがするだろう、やつらはこの匂いに誘われてくるようだ」
「スタッグさんはあれが見えるのですか、私には全然見えませんでした」
「ああ、俺の目はちょっと特殊でな、人には見えない色が見える」
「そうなのですか」
「ああ、俺には生き物の熱が見えるんだ」
「熱?ですか」
「そう、熱には色があるんだぜ、鳥や動物、虫や植物、もちろん君にも熱の色が見える」
「なんかちょっと恥ずかしいです」
「ははは、別に透けて見えるわけじゃないさ、君は白く美しいよ」
「なっ・・・からかわないでください」
ユーリエは本当に真っ赤になってしまった。
「いつかこの国も、あの春の国のように差別による争いがなくなればいいな」
見上げたサガル神山の樹海はどこまでも暗く闇を呑んでいる、スタッグの目には闇の中を蠢く無数の赤い光点が見えていた。
腹を空かせて獲物を求めている、狂気の渦が立ち上る。
ザアアアアアッ キィキキキキキッ
風の音に金切り音が混じる、山が不気味に嗤っている。
ユーリエのような幸運を全ての人族が持っているわけではなかった、人族領から魔族領へと伸びる街道沿いには主を無くした馬車が複数うち捨てられている。
近くには紙と化した人型が風になびいていた、年齢も性別も判別出来ない、破れた服からは抜け落ちガサガサと泣いている。
結実の早い低地に生まれた蟻群(ぎぐん)は魔笹の実を食い尽くし、成熟した身体に飢えを溜めていた。
飢えと狂気は集い、混じり合い一つの意志に統一されていく。
個が百になり、千になり、万の蟻群が一つの意志で統一される。
(すべての種を食い殺せ、食い尽くせ、飢えを満たせ)
食い尽くした樹海から餌を求めて蟻群は進撃を開始した。
「そうだな、国や団体の発注を受けて迷宮や林道、街道の地図を作るのさ」
「大変そうなお仕事ですね、今も続けているのですか?」
「いや、魔族国は無くなっちまったからな、開店休業さ」
「・・・人族を恨んでいますよね」
「うーん、魔族はほとんど死んでしまったけど、国同士の喧嘩だ、個人を恨んでも仕方ないさ」
「ご家族も亡くなられたのですか・・・」
「いや、もともと俺には家族はいなかったんだ」
「ここしばらくは海の向こうにある大陸の国々を旅して回っていてな、だから戦争にも加わってはいない」
「すごい!海の向こうの国ですか」
「どこでも戦争していたよ、争いのない世界はないな」
「そうなのですか・・・愚かな事です」
「でもな、一か所面白い国もあったよ、通称春の国って呼ばれてた、若い女王がいてさ、二メートルを超えるオーガや人間たちを引き連れていた、銀髪のハーフエルフみたいな人だった、少し前までそのオーガ族と戦争してたらしいんだけど、その女王が三メーターもあるオーガの王様をやっつけたんだそうだ」
「ええっ、三メーターもあるオーガですか、どうやって」
「聞いたところによると弓だそうだ、絶対に外れない女神アルテミスの弓」
「その国は俺みたいな角有でも、オーガやエルフ、もちろん人間も差別されない優しい国だったな」
「なんて素敵な国、私も行ってみたいです」
「ああ、行ってみるといい、いろいろ勉強になるぜ」
パチパチと焚き火の明かりが揺れる、まだ少女、いや子供の印象が強いユーリエの顔に影を作る。
「でも、きっと無理、私が異世界人の結婚相手を見つけて新たな領地を得ないと我がバーミリオン家は終わりだもの」
「異世界人の結婚相手?お前年は幾つだ?」
「・・・十四歳・・・」
「・・・お前も大変なんだな」
「五日後に旧魔族領議会棟で異世界人勇者様たちとの婚活パーティーがあるのです、そこで相手を見つけなければなりません」
「なぜ一人なんだ、馬車も自分で運転もしていたようだが」
「一人で来ましたから・・・貧乏貴族には人を雇う余裕はないんです」
スタッグは呆れてしまった、十四歳の子供を嫁がせた代償に領地を得ようとする事が理解できない、子供を踏み台にしてまで富がほしいのか。
呆れるを通り越して怒りが沸いてきた。
無意識に顔に出ていたかもしれない、ユーリエが察した。
「仕方ないんです、貴族に生まれたのですから自由はないのです」
「貧乏自慢なら負けないが、俺の方が幸せなのかもしれんな」
「私は自分が不幸だとは思いませんが、スタッグさんの生き方には少し憧れます」
「さっきの見えない虫みたいのは何なのですか」
「あれか、あれは冥界の吸血蟻だ、サガル神山の樹海の下草、ここにもあるけれど魔笹の中に潜んでいる恐ろしい魔物だ」
「なぜ、そんな魔物が・・・」
「ああ、俺も樹海の中に潜んでいたんだが、最近、あの蟻が爆発的に増えちまって逃げ出してきたんだ、今樹海の中には吸血された魔族や家畜たちの抜け殻がそこいら中にあるぞ」
「初めて聞いた魔物です」
「ああ、滅多に出くわす奴じゃないんだがな、山がおかしいんだ」
魔笹は野営地の近くにもある、そして花は終わり実が結実している、甘い香りは薄くなってはいるが笹の根元には蟻を養うベッドが敷き詰められている。
白く蠢めき、孵化した蟻たちは芳醇な実を思う存分その身に蓄えて白い皮を鏡の殻に成長していく。
「黒い笹の花が咲いて結実している、初めて見たわ」
「甘い匂いがするだろう、やつらはこの匂いに誘われてくるようだ」
「スタッグさんはあれが見えるのですか、私には全然見えませんでした」
「ああ、俺の目はちょっと特殊でな、人には見えない色が見える」
「そうなのですか」
「ああ、俺には生き物の熱が見えるんだ」
「熱?ですか」
「そう、熱には色があるんだぜ、鳥や動物、虫や植物、もちろん君にも熱の色が見える」
「なんかちょっと恥ずかしいです」
「ははは、別に透けて見えるわけじゃないさ、君は白く美しいよ」
「なっ・・・からかわないでください」
ユーリエは本当に真っ赤になってしまった。
「いつかこの国も、あの春の国のように差別による争いがなくなればいいな」
見上げたサガル神山の樹海はどこまでも暗く闇を呑んでいる、スタッグの目には闇の中を蠢く無数の赤い光点が見えていた。
腹を空かせて獲物を求めている、狂気の渦が立ち上る。
ザアアアアアッ キィキキキキキッ
風の音に金切り音が混じる、山が不気味に嗤っている。
ユーリエのような幸運を全ての人族が持っているわけではなかった、人族領から魔族領へと伸びる街道沿いには主を無くした馬車が複数うち捨てられている。
近くには紙と化した人型が風になびいていた、年齢も性別も判別出来ない、破れた服からは抜け落ちガサガサと泣いている。
結実の早い低地に生まれた蟻群(ぎぐん)は魔笹の実を食い尽くし、成熟した身体に飢えを溜めていた。
飢えと狂気は集い、混じり合い一つの意志に統一されていく。
個が百になり、千になり、万の蟻群が一つの意志で統一される。
(すべての種を食い殺せ、食い尽くせ、飢えを満たせ)
食い尽くした樹海から餌を求めて蟻群は進撃を開始した。