第24話 融雪雪崩

文字数 2,346文字

 春の嵐は丸二日止まなかった。
 ガンガラシバナの洞窟に大量の赤い琥珀石があったのかは謎だ、イーヴァンが持ち込んだにしては量が多すぎる。
 最初からあったと考えるが妥当だ。
 お陰で十分な暖が取れて体力を温存出来た。

 小さな鍋に二人用の食材を入れてマリッサが粥を作った。
 「どう、甘すぎたかな?」
 甘いのが得意じゃないと言ったのを気にしてのことだ、シリアルバーを煮込んでいるので基本的には甘いが、キノコや乾燥肉を合わせて甘しょっぱく纏めている。
 冷えた身体に染み渡る程に美味い。
 「いや、出汁が効いて美味いな」
 「良かった」
 赤い琥珀石の炎が揺らめく、カートリッジ燃料のように炎の色は青色だ。
 
 「聞いてもいいかな?」
 マリッサが遠慮がちに声をかけた。
 「ああ、なんだ」
 「アラタ、最初の時に私に自分を殺してくれたら手間が省けるって言っていたよね、自殺しようとしていたの」
 「・・・」
 少しの沈黙にマリッサは慌てた。 
 「ごっ、ごめん、言いたくないならいい、無理には聞かないから」
 「いや、君には話しておいた方がいいな、聞いてくれ」
 「!」
 マリッサは崩していた足を直して、背筋を伸ばした。
 「楽にしてくれ、大した話じゃない」
 
 「俺は元いた世界でも狙撃手だった、狂った指導者の元で何十人とスコープの中で死んでいく敵兵を見てきた、彼らの家族からかけがえのない命を奪い続けてきた」
 「考えもしなかった、まさか人殺しに参加していない一般市民が殺される対象になるなんて、奪われるのは奪うよりも辛い、生き残る事より先に逝かれることの方が辛いなんてな」
 「前に言ったな、妻は空襲でしんだと・・・一人も殺していない妻が何十人と殺してきた俺に変わって殺された」
 「罰か報いだ、神はより重い罪を俺に与えたのだ」
 「国や家族を守ろうと戦って殺した、その代償を妻が払うことになるなんて理不尽だ」
 「奥さんを愛していたんだね」
 「もちろんだ、彼女を守るために戦うことが全てだった・・・もう戦うことも生きる事にも意味が無くなった」
 「・・・」
 「そしてまたこの世界でも戦争だ、俺達が聞かされていたのは魔族とは人を喰らう化け物で、人族が日々侵略を受けている、残虐な魔族を退治してくれだった、逆だ、侵略者は人族だ」
 
 「昔はね、逆だったんだ、人族が山の南に住んでいて魔族は北側に住んでいた、もう何百年も昔の話、それを魔族が侵略して奪ったの、その時の王様は英雄として祀られているわ」
 「同じだな、なぜ繰り替えしてしまうんだろうな、愚かだ」

 「兵士になどならずに、妻と一緒に逃亡してしまえば良かった、彼女の最後は分からない、骨も残っていない」
 「怖かったろうな、一人で・・・一人にしてしまった自分が許せない、せめて一緒に死んでやりたかった」
 
 「そんな風に忘れずに思ってもらえる奥さんは幸せだよ、あんた良い奴だな」
 「でもなあ、彼女は天国にいったに違いない、俺はどっちにしろ地獄行だ、死んでも謝ることも出来ない、情けないな」
 「情けないのは私も同じ」
 「同志ってことか」
 「そうだね、ダメ人間同士」
 「君はダメじゃないだろ」
 「いいの、ダメ人間でいい・・・あっ、ダメ魔族か」
 
 「アラタ、やっぱりあんたもダメじゃない、死ぬべきじゃないよ」
 「ああ、今はお前とムトゥスは必ず守ると約束する」
 「ありがとう・・・」
 (でも、その後は・・・)

 嵐は過ぎて春の日差しが戻ってきた。
 新雪が岩肌に張り付いている、登頂はより厳しさを増していたが二人の決意は揺るがない。
 靴にアイゼンを装着して氷の道を登る。
 神殿までもう少しのところまできた。

 「ここを越えれば神殿の入り口までは平地だ」
 「やっとね」
 「だが・・・ここは難しいぞ」
 最後の沢渡り、落差三メートル、幅五メートル、昨日までの嵐で凍結している。
 「ハーケンは幾つ残っているの?」
 「五つだ・・・」
 「ギリギリだね」
 「やるしかない」
 滑る岩、凍結してハーケンの入る隙間は少ない。
 「最後だ、集中していこう」
 「オーケィ、相棒!」
 マリッサとハイタッチを交わす。
 「いくぞ!」
 アイゼンを氷に食い込ませて、岩肌から慎重に一歩を踏み出す。
 「気をつけて」
 ゆっくりとザイルをマリッサが送る。
 カァン V字溝の壁面に取りついて、一つ目のハーケンを打つ、しっかりと入った。
 
 「良し、いいぞ、慎重に来い」
 マリッサが沢を渡る、下は目も眩むガンガラシバナの大斜面、滑り落ちれば濁流に呑まれる。
 差し出した手と手がガッチリと結ばれる。
 
 落差三メートル、垂直の壁を登れば終わる、壁に打ったハーケンを足場にして身体を持ち上げる。
 残った四つを全て使い切り、アラタは身体を平地まで持ち上げた。
 「やった!」
 広い平場の奥に洞窟の入口が見える、冥界神殿の入口。

 ドズズズズッ
 「!!
 低重音が響く、見上げた沢の上流にあった新雪が落ちて雪崩となって押し寄せてくる。
 「距離が近い!まずい!」
 急いでザイルを引きマリッサを持ち上げようとするが、落下防止のカラビナが逆に邪魔している。
 「急げ!マリッサ!!

 ザバアアッッ 目の前まで泥雪が迫った。
 「間に合わないっ!!
 マリッサは死を覚悟して目を瞑った。

 ガバアァァァァー 雪崩に呑まれた!
!?
 雪崩に呑まれているのに身体に泥雪が当たらない。
 ゴバアアッッ ガシンッ ガッ
 「アラタッ!!
 アラタが雪崩の直前で壁に掴まっていたマリッサに覆いかぶさっていた。
 ガッ ゴッ アラタに泥雪に含まれている石が激突している。
 
 融雪雪崩は一気に沢を駆け下り、ガンガラシバナの本流へと合流していく。

 冷たい泥雪が去った後には壁に張り付く二人の姿があった。
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