第50話 天空の巫女

文字数 2,266文字

 天空の迷宮、デスゾーン、神の住まう場所の入り口にアラタとマリッサはついに辿り着いた。
 冥界の迷宮とは逆だ、ドラゴンの頭が入り口になっている、冥界のドラゴンより一回り小さい。
 入り口は頭骨の目に当たるのかもしれない、短い首を降りた先に青い琥珀石が天井に輝いているのが入り口から見える。
 激しい動きは厳禁だ、岩の隙間でホワイトアウトをやり過ごした時に高度順応が奇跡的に進んだ、繭となっていたムトゥスがもたらしたものかも知れない。
 それでも意識を失わないでいる程度だ、いくら順応しても平常運転にはほど遠い、ベストパフォーマンスの十パーセント以下だ。
 呼吸と速度を一定に、足と手を岩?、骨にしっかりとかける。
 予想はしていたが床は砂地だ、赤鱗の巨大ミミズがいる。
 ムトゥスの繭が反応している。
 マリッサのブラウンの瞳が青に変わる、操られるように砂地を台座に向かい歩み始める。 「おい、マリッサ!まだ行くな!どうしたんだ!」
 「・・・」
 返事はない。
 「操られているのか!?
 マリッサは神の巫女としてムトゥスを届ける、アラタは巫女と神の子を守る戦士。
 ザザザザッ 砂地が蠢く、やはりいた。
 アラタはマリッサの前に回り込むと露払いをするようにブレスガンでまだ姿を見せない怪物に威嚇射撃を繰り返す。
 怪物も標高の影響を受けるようだ、冥界神殿の怪物に比較すると動きが緩慢だ。
 天井から下がった琥珀石、紺碧の海を映したように深く澄んで輝いている、周囲の空気がゆらゆらと揺れているのが分る、放出された何かは真下に向かい渦を巻き降りていく。
 渦の先には台座がある、神の子ムトゥスの孵化の寝所、古の神獣ドラゴンの末裔、赤の息吹から産まれ落ち、青の息吹で進化する。
 異世界の勇者に守られ、巫女により運ばれた神の子は、今孵化の時を迎えてあるべき場所に辿り着いた。
 マリッサが厳かにも台座の上に繭を置いた、天井の琥珀石から伸び墜ちている渦が繭に向かって吸い込まれていく。
 どんな化学変化なのか、繭が琥珀石同様に青に染まっていく。
 ザザザザッ ザザザザッ
 巨大ミミズの動きも活性化してくる、狙っているのはムトゥスなのは明確だ、アラタやマリッサは見ていない。
 ドオッンッ
 アラタがブレスガンの出力を上げた、砂を吹き飛ばし土中の巨大ミミズを抉る。
 「はっ!!
 マリッサが呪縛を解かれたように目覚める、巫女の役目を終えたようだ。
 「気が付いたか!」
 言いながらもムトゥスの周りを遠巻きに砂の中を巨大ミミズが泳いでいる、その深度は段々と浅くなってきている。
 「私はなにを・・・?」
 「話は後だ、ムトゥスを守るぞ」
 バォオンッ ズドオォンッ 砂と一緒に血肉が弾ける。
 天井からの渦は酸素も含まれるのか二人の呼吸は楽になっていた。
 サバアッ キョオオオオオッ
 遠巻きに円を描いていた巨大ミミズが動きを変える、砂から飛び出し蛇のようにか鎌首を上げている。
 前後左右に首を揺らして隙を伺っている。
 なんと悍ましい姿なのか、丸く空いた大口には円形に鋸歯が幾重にも並び異臭を放つ涎がポタポタと落ちている。
 目はなく耳管の穴だけが見える、鱗は赤く光り、ザワザワとそれ自体が波打っていた。
 「なんて気色悪い生き物なんだ!冥界の使徒にふさわしいぜ」
 ドオッンッ 更に出力を上げたアラタのブレスガンがミミズの頭を消失させる、倒れたミミズに砂地から湧き出した蛆のような小さいミミズが群がる、共食いが始まりあっという間に砂地に沈んで姿が見えなくなった。
 「ひい、無理無理、気持ち悪すぎる!!
 マリッサが鳥肌をたてながらもブレスガンで応射する。
 もう何体屠ったのか分からないほど巨大ミミズを砂の底に沈めた、しかし無限にいるのではないかと思えるほどに湧き上がってくる。
 冥界神殿のミミズよりは小さく動きも緩慢だが、数は遥かに多い。
 ニョキニョキと土筆のように怪物の頭が上がる、カートリッジの消費は増えるが強力散弾モードで撃ち続ける。
 「もう!キリがないわ!いつになったら終わるの!」
 「マリッサ、そっちの残弾はどうだ!?
 「残り半分ってところよ!」
 「こっちはそろそろ終わる、カートリッジを換える、援護頼む!」
 「まかせて!」
 すっかりブレスガンの扱いに慣れたようだ、近距離の命中精度はアラタなみだ。
 一時間以上撃ち続けてようやく怪物の出現が右肩下がりに減ってきた、高所で緊張した戦いは想像以上に体力を消耗する。
 神殿に静けさが戻ったころに二人は肩を大きく揺らして息を切らし、乾いた喉に声が掠れる。
 「終わったと思う!?
 マリッサの顔色が再び悪くなっている、無理もない。
 「どうかな、終わってくれるとありがたいが・・・」
 こんな程度で済むとは思えなかった。
 「今のうちにいと息ついておこう」
 ムトゥスの繭は益々青さを増しているが、表皮が薄くなってきていた、石の硬さはなくなり有機的な柔らかさが戻っている。
 「もうすぐ孵るわ、神の子が・・・」
 「どんな役割を負っているのか、俺達に見ることは出来るのかな」
 
 パキッ
 「!?
 ムトゥスの繭にヒビが入った、神獣誕生の時が来たのだ、天井の琥珀石は輝きを失い、発生していた渦は止まった。
 ゴゴゴゴゴッ
 大きな揺れと共に巨大ミミズが再び襲来する、青い鱗を持つ巨大ミミズが一頭だけだ、赤ミミズの倍のサイズだ。
 ムックリと鎌首をもたげた威容は雑魚ではないぞと主張しているようだ。
 「ラスボスのお出ましってわけか」
 アラタはブレスガンを手に立ちはだかる。

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