第51話 脱出

文字数 2,450文字

 祝賀会会場の惨劇は会場にいた半数の人間が紙となって終結した、被害を免れた者の多くは被害が拡大する前に会場外に脱出できた者たちだった。
 しかし、会場外にも蟻群は待ち構えていた、脱出した半数は逃げ惑い行き場を見失い紙となっていく。
 異世界人も例外ではない、装備していた拳銃だけでは数十万以上の蟻群に対抗することは出来ない。
 兵士の総数はギガントの仮基地に達するまでに二十人以下まで数を減らした、元世界のヨーロッパ戦線の激戦を共に戦い、転移現象という超絶現象まで経験した仲間の無残な死に様は天罰を思わせた、魔族に対する一方的な虐殺行為に対する天罰が下ったのだと悔いた。
 圧倒的な物量で迫る蟻群は巨大な猛獣よりも遥かに恐ろしい。
 絶対的な個の力よりも、統一された小さき物の集団の力の方が強い。
 カッ ギガントの仮基地が閃光を放った直後。
 ドゴオッオオオッ 巨大なオレンジの炎が吹き上がり、きのこ雲が眼前の視界を埋めた。
 「ああ・・総統の夢が、世界征服の夢が・・・」
 ヴォルフが地に両膝を付けた、弾薬も残していた武器も全て消えた、勇者としてのチートは全て無に帰した。
 呆けたように座り込むヴォルフ大佐が鏡に覆われていく、ドスドスと肉に杭が撃ち込まれる音と共に、人型の鏡の山は平坦になり十分とかからず鏡は別の獲物を探してその場を離れた、残ったのは穴の開いたタキシードとかつてヴォルフだった人型の紙のみだった。

 祝賀会会場のひな壇の最も高い位置にある玉座にバルドー王の豪華な服が掛けてある、傍らの床には王の象徴、冠が落ちていた。
 着飾った賓客たちの穴だらけの衣装が燃えている、厨房で発生した火事は蟻とともに火の手を拡大していく、紙となった人間たちを火葬するには大げさな消えることを知らない地獄の業火。
 魔族の歴史も虐殺の記憶も全てを焼き尽くしていく。

 貴族令嬢たちの裾を大きく広げたドレスが逃げることを大きく阻害した、走ることも狭い場所を通り抜けることも叶わず、スカートの中に潜り込んだ吸血蟻に杭を打たれ吸われ萎んでいった、栄華と美を極めた名家の令嬢の多くが餌食となって非業の死をとげた。
 逆に貧乏貴族の少女たちは質素なドレスが幸いしていた、ユーリルもドレスの裾を捲り上げ、近くにいた同じ境遇だろう質素な女の子たちを率いて、全力で港へ向かい走っていた。
 街道には服だけとなった人型が落ちている、虚空となった顔の穴が不気味すぎる、目を背けずにはいられない。
 「みんな頑張って!港はすぐそこよっ!」
 手を取り合い、一塊になって進む彼女たちの前にギラギラと反射する小山がある、食事中の吸血蟻の山だ。
 「静かに!避けていくわ」
 街道の隣接する家屋の壁に沿って静かに進む、冷や汗が伝う。
 家屋の開いた扉から見える室内にも蟻たちの宴の跡が見えた、床に服だけが散乱している。
 ユーリルが通り過ぎた後に続いていた少女が突然悲鳴をあげた。
 「ああーっ!」
 屋内に残っていた蟻に刺されたのだ、血に濡れた蟻の外郭が見える。
 「!!
 思わず飛びつくと少女の足から引き剥がして街道に投げつける、ゴロゴロと転がりながら小山にぶつかった、殺気が向けられるのを感じて少女たちは戦慄した。
 「逃げて!!
 ユーリルは叫んだ、弾かれたように少女たちが駆け出す、足を射抜かれた少女は自力では立てそうにない。
 「頑張って!諦めないで」
 「あ、あああっ・・・」
 少女の視線の先にの小山から人の顔だけが逆さまになって、なにもない黒い虚空の穴が恨めしそうにこちらを見ていた。
 「ひいいっ」
 恐怖が身体を縛る、ユーリエは少女を庇おうと覆いかぶさった、無理だ、助からない、絶望が降ってくる。
 「お父様、お母さま、ごめんなさい」
 どうせ死ぬなら痛いのは嫌だ、きつく目を閉じた。
 ガシュッ バシュッ ザザッ
 「ユーリエ!!無事か!?
 「はっ?」
 クワガタの角を持つ魔族の男が短槍を手に蟻を蹴散らした、スタッグだ。
 「スタッグさん!!
 「怪我はないか?」
 スタッグがユーリエを抱き起こした、もう一人の少女はまだ立つことは出来ない。
 「この子が足を!」
 「よし、俺が背負っていこう」
 背中に担いだとき少女がスタッグの角に気づいた。
 「ひい、まっ魔族!?
 「大丈夫よ、この人は味方よ!」
 「だっ、だって角が・・・」
 「船はあっちだ、走るぞ、そっちのお嬢ちゃんたちも死にたくなきゃついてきな!」
 「いくぞ!!
 「はい!」
 少女たちを引き連れてスタッグは港に向かって疾走する、熱を色で見ることの出来るスタッグは巧みに蟻群を避けていく。
 「どうなっているの、化け物が見えているの!?
 この日祝賀会に参列した貴族令嬢で生き残ったのはスタッグに救われた六人の貧乏貴族の娘たちだけだった。
 煙の立ちこめる旧魔族領の街を七人は港に停泊している船を目指して走る、港まで五キロが永遠の距離に感じる。
 
 港に停泊していた船は街の惨状と樹海平原の大爆発を見て出航を急いでいた、小型の船は既に港を離れていく。
 もう商売どころではないのは明白だが、前金だけで報酬全額を受け取っていない船は出航を戸惑っている、なんとか回収する方法はないかと思案していたからだ。
 「ローマン帝国はどうなったんだ、春の国に侵攻するんじゃないのか」
 「馬鹿なことをいうな、それどころじゃないだろ」
 「こんなところまで来て手ぶらで帰れるか、商売が無くなったなら略奪しちまおうぜ」 「そりゃいい、どこと喧嘩しているかは知らないが混乱に紛れてやっちまおう」
 「異世界人の銃はやばいぞ」
 「なあに、ほとんどが祝賀会場に集まっている、旧魔族の高級住宅街に行けば金目の物がなんかあるだろ」
 「ようし、そうと決まれば善は急げだ、野郎ども行くぞ!」
 元海賊の本領を発揮して刀を抜いて、ずた袋を片手に金品強奪を目論んで地獄の街へ出撃した無謀な船が数十隻に上った。
 自ら蟻群の中に突っ込んでいく、その身を魔神の使徒に捧げるように。
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