第19話 的が見えない

文字数 2,037文字

 樹海内に入ると、自転車は押して登るだけの重りにしかならない。
 仕方なくクルツ銃を担ぎ、弾薬箱をザックに入れて、シュワルツは道なき道の登山を始めた。
 
 「山岳師団に志願しておいてなんですが、僕にはクライマーの気持ちは理解できませんねぇ、できれば平坦な木道を歩きたいものです」
 急な坂道を立ちこぎしてきた太ももの筋肉は既に疲労して震えている。
 
 轍を辿り樹海の入り口で乗り捨てられたサイドカーを発見した。
 「おやおや、追跡しているのは私だけではないのですよ、アラタさん」
 「彼等はどこを目指しているのでしょうか、逃走経路に迷いが感じられません、明確な目的があるのでしょうねぇ」

 シュワルツはアラタが向かった方向とは逆側、ユルゲンたちが入山したであろう方向を見下げる、奥には黒々とした笹が群生していた。
 そこには赤い八重咲きの花が咲き誇り、黒と赤のコントラストがト毒々しくさえある。
 「何でしょう、甘い匂い・・・あの花の香りでしょうか」
 魔獣を誘因するはずの香りが漂う森に生物の痕跡が消えている。

 「静かな森です・・・静かすぎます」

 ハァハァと自分の呼吸音だけが森に響いている。
 世界に自分だけが取り残されたような孤独感、樹海の先は暗くどこまでも続いている。
 言い知れない恐怖感、本能が脚を遠ざけようとする、しかしシュワルツの好奇心がそれを許さない。
 「この先に待つのはファンタジーか、ホラーか、はたまたアクションか、ワクワクしますねぇ」
 
 体液を全て奪われてミイラ化した魔獣や魔族兵士たちの遺骸は腐ることもなく、骨さえも紙のように枯れてパリパリの紙のように黒笹の隙間にシートのように張り付き、裂けてその原型を無くそうとしている。
 まるで黒笹の有機肥料となったようだ。

 バリッ その紙シートを踏みながらユルゲンたちを先行してローマン帝国の兵士が進む。 「いったいこれはなんなんだ?}
兵士たちはそれがなんであったのか分からずにいた。
 ところどころに魔族兵士の鎧が脱ぎ捨てられている。
 「魔族の残党は変装でもしているのか、鎧と武装を置いていった意味が分からん」
 「まったく気味が悪いところだぜ」
 バサッと笹を蹴る。
 「それにこの匂い・・・甘ったるくて嫌になるな」
 「この笹って花が咲くんだな」
 「俺も初めて見たぜ」

 「まてっ」
 後方のリベラ曹長が声をかけた。
 「こいつを見ろ」
 僅かに水分を残した身体は骨格と形を残している、魔族兵士の遺骸だ。
 「魔族兵士の離反者だな」
 「さっきから頻繁に見る紙シートの正体はこいつらだな」
 人族兵士が踏みつけるとパキパキと形を崩してしまう。
 「何にやられたのか分かるか?」
 「いや、こんな死に方は見たことはありません」
 「異世界勇者の武器ではないのですか」
 「違う、こんな殺し方は出来ない」
 「なにかの猛獣の類いだろう、この穴は弾じゃない、噛まれた跡に見える」
 「人族で樹海を知るのは猟師ぐらいな者でしょう」
 「未開の地というわけか」
 「化け物がいるようだな・・・」
 リベラはクルツ銃を背にかけると、銃をMP40短機関銃に持ち替えた。
 「おもしれぇ、アラタをやる前の小手調べた!」
 「いや、ここは迂回する」
 ユルゲンは言うより早く踵を返した。

 ガサササッ ザザザッ

 黒笹が揺れている、一条、二条とその筋は増える。
 その先には先行していた人族兵士がいた。
 「!」
 「何かいるぞ!」

 キィキィキキキキキッ 金属の擦れ合う音が神経を逆撫でる。
 「うわぁっ」
 一人の兵士が黒笹の中に引き摺り込まれる。
 「ぎゃあああっ、たっ、助けてくれぇ!!
 「なっ、なんだ、何かいるぞ!!
 兵士たちを中心に黒笹の波が渦巻いていく。
 ドスッ ドスッ 
 「ぐあああっ」
 キキキキキキキッ キィキィキィ キキキキキ
 ザワッザワッザワッ
 黒笹の波が人族兵士に打ち寄せる飲み込んでいく。
 
 「何がいる!?なんに襲われているんだ!!
 「見えないぞ!確認出来ない!!
 
 「助けて!助けて・・・・」
 渦の中の兵士は、(何か)の群れに呑まれて直ぐに声を失っていった。
 ギャワッギャワワッ
 生け簀に与えられた魚が跳ねるように黒笹が蠢く。

 「ここはまずい!退け!」
 ユルゲンとリベラは黒笹の中を全力で駆け戻った、人族兵士の一人は間に合わないと判断して木に登ってやり過ごす選択をした。
 「どうなる?」
 
 「ギャアァッ」
 木に逃れた兵士が力尽きて落ちるまで時間はかからなかった。
 ドサンッ
 ゾゾゾゾゾッ
 人族最後の兵士も消えた。

 ユルゲンたちは黒笹の中に無数に光る双眸の光を見た、無機質な硝子を湛えた丸い眼光。 「なんて数がいるんだ、千や二千じゃない!」
 「短機関銃じゃ勝負にならん」

 二人は(何か)の射程圏外に脱出した。
 眼前で繰り広げられる養魚場の餌やり光景を見ながら、魔族国との戦争では感じなかった恐怖を感じていた。
 
 リペラは額に冷や汗を浮かべて呟いた。
 「的が・・・見えねぇ」
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