第37話 赤鱗

文字数 2,288文字

砂地を割って姿を表したのは蛇腹の赤鱗、巨木の丸太の前方に凶暴な大口が開いている。
 口の中には彫刻刀のような前歯が並び、奥にはすり潰すための乱杭歯をずらりと揃えていた。
 ガリガリと言う音は、あの歯が地中の岩を砕く音だ、何トンの圧力を加えることが出来るのか想像を絶する、人間などアルミ缶のように粉砕されてしまうだろう。
 目らしき器官は見えない、代わりに無数に空く穴は耳か、嗅覚器官かも知れない。
 
 シュゥウウウッ 蛇のような舌をズルリと空中に伸ばす、それだけが別の生き物のようにヌラヌラと動き回る。
 「!!
 あまりの禍々しさに四人は言葉を失っていた。
 
 ギュラギュラと赤い鱗がスタンディングオベーションのように前後に動いている。
 「ひいぃぃ」
 チッチが再び腰を抜かして尻餅をついた。
 ギュンと首がチッチを向く、音に反応している。
地中から全容を表した魔物は全長五メートル、直径一メートルはある。
 「なんて大きさだ」
 キシャアアアアッ 威嚇ではない死の宣告。
 
 バババババッキィィィッ シュワルツが迷わずMP40短機関銃のフルオートで浴びせる。
 赤い鱗が弾け飛ぶが致命傷には程遠い。
 キョエエエェェェッ 奇声を発しながら巨体がのたうつ、怒りのスタンディンクオベーションが丸太を赤く染める、メタリックレッドが揺らぐ様は美しくもある。
 「離れてください!!
 シュワルツが三人を後方に押しやろうとするがチッチが一人では立てない、シロジとモアが引きずるが手間取って思うように後退出来ない。
 弾倉を入替てコックリングを引き、再び9mm弾を連射する、鱗と共に跳弾が迷宮の壁に突き刺さる。
 「9mm弾が跳ね返えされるとは!」
 バアァァンッ ギイッイン!
モアが預かっていたクルツ銃を撃った、至近距離とはいえ見事に命中させる。
 短機関銃よりも初速の早い弾丸が魔物の肉に食い込む。
 バシューッ 銃創から魔物の血が噴き出す、それは琥珀石を液状化したように透明な赤、ピノ・ノアールのワインを思わせる。
 「モアさん!」
 モアは事前に説明をうけた通りボルトアクションで排莢し次弾を薬室に送り込み引き金を引く。
 パアァァァンッ ギイィッンッ 再び命中、魔物が少し怯む。
 「上手いですよ、モアさん、その調子です」
 シュワルツもMP40短機関銃を魔物に浴びせ続ける。
 「シロジさん!チッチさんを後ろへ早く!」
 「しっかりしろ、チッチ!逃げるんだ」
 背中を持って後ろに引きずっていたはずのシロジが突然悲鳴を上げた。
 「うぎゃああっ」
 ゴキンッ バキンッ 骨が砕ける嫌な音共にシロジは消えた。
 「シロジッ!?
 「!?
 「ひいっ!」
 ギシャアァァァァッ 洞窟の奥から更に巨大な口が嗤うように迫っていた。
 彫刻刀の前歯に引っかかっていたシロジの足がボトリとチッチの前に落ちた。
 「ひゃあああああっ!シロ爺ぃぃ!」
 「くそおっ!」
 モアがクルツ銃を放ちながらチッチを引きずり出す、シュワルツたちは二匹の魔物に壁際まで追い詰められた。
 「これは・・・詰みですかねぇ」
 MP40の弾倉は撃ち尽くした、弾はあるが弾倉に込めるのを待ってはくれないだろう。
 「興味深い世界でしたが残念です」
 シュワルツは胸に十字を切った。

 ドゴオオオッンッ ガオオッンッ 洞窟の広間に凄まじい雷鳴が轟く、地中から湧いた小型の魔物が真っ二つに弾け飛んだ。
 ボチャッ 赤鱗を巻き散らかして地に落ちた時には動かなくなっていた。
 「頭を下げろ!!
 枝分かれした洞窟の一つから声が飛んできた。
 「!!
 頭を下げると同時に雷鳴が再び轟く、シロジを食った大型の魔物の口に飛び込んだ一条の青い光は魔物を貫き、その同体のほとんどを消し去った。
 「アラタさん!?
 「シュワルツさんか!?
 血煙が収まった後に現れたのは見慣れない銃を持ったアラタ・シュミンケ少尉と魔族の女だった。
 「助かりましたぁ、なぜここに?」
 「それはこっちのセリフだな、無事か?」
 「ここまで来るのに魔族のみなさんが三人殺られました」
 「ユルゲンか?」
 「二人はそうです、一人は今の魔物の犠牲になりました」
 「ここは危険だ、ひとまず移動しよう」

 迷宮内を上に移動して外界への出口を見つけた、モア達が潜伏していた場所に近い。
 ユルゲンの待ち伏せを警戒して慎重に足を踏み出す、蟻に殺されたとは思えない。
 幸いにもユルゲンの銃弾が襲ってくることは無かった。

 マリッサはモア達二人を知らなかったが、モアは魔王イーヴァンの警護役だったマリッサ姉妹を知っていた。
 モアたちはマリッサの口からイーヴァンの最後を聞いて泣き崩れた。
 敗走してサガル神山に逃れ、潜伏している間に君主を討たれた責任を感じているのだろう。
 「申し訳ない、マリッサ殿、我々が愚鈍であったためにイーヴァン様を・・・」
 「いいえ、皆さんの責任ではありません、一緒にいた私の責任です」
 「国は墜ち、君主も失い我々はどうすれば良いのだ」
 モアの気落ちは激しい、一縷の望みを託していた魔王の死は、張り詰めていた糸全てを切断した。
 意思の強さを感じさせた顔に精気がない。
 「私はムトゥス様を守ります」
 「なに、ムトゥス様はご存命なのか?」
 「はい、私もムトゥス様もここにいるアラタさんに助けて頂きました、今はサガル神山に詳しい猟師に預けています」
 「その猟師は信頼できるのか」
 「はい、偶然でしたがイーヴァン様のお知り合いだったのです」
 「これも運命なのか・・・」

 モアの瞳に僅かに火が灯った、兵士は守るべきものがあってこそ戦える。
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