第22話

文字数 1,253文字

「おうっ!お疲れ〜!柊、どうしたんだ?あれ〜?田中さん、柊と知り合いだったんですか?」


会社へ着くと、出先から戻って来たばかりの向坂さんが立っていた。


「いや、知り合いとかじゃないです。たまたま自分がカフェに居たら、入ってこられて・・・
前に向坂さんとアポがあって来社された時にお茶を出しただけですよ。その時は、自分以外会議で居なかったので。」


「向坂さん、お世話になっております。その時は、お茶じゃなくて実は、お冷をいただいたんですよ〜。」



「あぁ、なんだか意気投合?って感じかな? まぁ若者は若者同士が話もあって盛り上がるだろう!」




意気投合って、マシンガントークしてくる身勝手なオンナに迷惑被ってたんだよ。
向坂さんの客じゃなければ、話なんてしねぇのに。

「ですね〜!私達、意気投合しちゃって〜」


「・・・・」
はぁ〜なに言ってんだこいつ。
まじでうぜぇ・・・。



「それは、ないですね。何かの間違いかと・・・」

「え〜!柊さん、なんでそんな悲しいこと言うんですか、田中泣きますよー!」



はぁ〜〜〜。
勘弁してくれ、向坂さん後は頼んだ。ここから早く逃げたい。




「それじゃあ、田中さん前回のプランのブラッシュアップしていきましょうか?会議室へご案内します。」
「よろしくお願いします!!では、柊さんまた!」




もう、2度と俺の前に現れんな、この疫病神。




デスクに着くと、もう何件もの案件が回って来ていてパソコンのモニターには付箋が重なるように縁取られていた。

最悪だ。
これ俺一人でこなす量じゃねぇだろっ。


一つ一つ貼られた付箋を剥がしながら確認し、手元の小さなノートに貼り付けていく。
これが終わらなければ、帰れないのか・・・。
なんだか今日は長くなりそうだ・・・。


カバンからイヤホンを出し、耳に装着。
あ〜落ちつかねぇイライラする。こんな日は、カラヤン指揮のドヴォルザーク交響曲9番の4楽章を・・・。

緊迫するリズムから放たれた美しい金管の調べ、さえずるように歌うバイオリンの伴走。そこから一気に木管の優しい調べに。まるで森の奥に誘われ森林浴をするように音の波の中で自分だけになる。
そして、高揚感の中で歓喜に溢れ歌い出す小鳥達の調べ、美しい景色だ。
最高だ、ベルリンフィルの力強い演奏とカラヤンの表現。

さぁ、集中して全てを効率的にいつも通りに
全てを終わらそう。
そして定時に帰ろう。




鳴り響く、バイオリンの美しいリズムに優しく寄り添うクラリネットとフルートの旋律が、ざらついた心をなだめながら、トランペットを初めとする金管の勢いのある音が背中を押してくれる。





何もない。
これまでと同じ日常だ。




不必要な笑顔の不可解なルールのこの場所で俺は、ただ与えられた事を処理するだけだ。





そう、俺にできない事はない。

ただ、面倒で時間がかかるだけだ。集中して事を終わらせてしまえば良いだけだ。
何も問題はない。



すべて忘れろ。
ただ集中するんだ。
そして終わらせて、1秒でも早くこの空間から逃れるんだ。



俺は、音に身を委ね、今朝の出来事の全てをオーケストラの音の湖へと深く深く沈み込ませた。

















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