勇者は魔王と語り合う

文字数 1,934文字

(勇者視点)

 魔王は『シホ』と名乗った。真名ではない普段使いのその呼び名は『前世の名前』であるらしい。真名はと言うと、はっきりと音や文字で表すことが難しい。
 シホさんは私を『ヒナちゃん』と呼ぶことにしたようだ。

「もう一度説明するわね。魔物も魔族も魔核、つまり人間たちが言う魔石を身体の中に持っているけど、魔物は瘴気から自然発生するし、魔族には一応親がいる。知性以前にそういう違いがあるのよ」
「なるほど」
 確かにそれは完全な別物だ。

「ヒナちゃん、魔素は知ってる?」
「魔力の元になるのが魔素でしょう?」
「ええ、そうよ。流石に人間にもそのくらいの知識はあるのね」
 嫌味な言い方だけど、それくらい言われても仕方ないよねぇ。

「魔素は世界中どこにでもあって循環しているものだけど、何らかの原因流れがで滞ると、淀んだ魔素は瘴気に変質してしまうのよ」
「……魔素溜まりから魔物が発生するとは聞いていたけど」
「魔素溜まりが瘴気になって、瘴気から魔物が生じるからまったくの間違いでもないわ」

 シホさんが言うには、瘴気というものは魔素の流れに乗って移動し、思わぬ場所で魔物を出現させるらしい。それが人間の国にあちこちで被害を出している原因になっているのだ。

 アルがシホさんを睨んで口を挟んできた。
「私は、魔王が魔素を操って魔素溜まりを作っている、と習ったが」
「それもできるわね。でも、私じゃなくても力の強い魔族ならできると思うわ」
「やはり魔族は邪悪なもののようだ」
「できるからってやらないわよ」

「アル、悪いけど黙って。話が進まない」
 ちょっと言い過ぎたのだろう。アルは狼の姿に変化すると、私の足元に伏せた。ああ、私の保護者が拗ねてしまった。

「あら、可愛いじゃない」
 シホさんがアルに手を伸ばす。低く唸り声が上がった。
「シホさん、やめてあげて」
 真名を使ったわけじゃないけど、シホさんはすんなり引いてくれた。

「じゃあ、その……魔王を倒したりしなくても、瘴気を浄化して回れば人間が魔物の被害に遭うことは減らせる?」
「むしろ私を倒すと、私由来の瘴気で余計に酷いことになるわね」

 深々とため息をつく。
「いやもう、なんのための勇者なわけ」
 ぐったりと項垂れて呻いた。
「聖女呼びなさいよ勇者じゃなくて……」
 そう口に出すと、頭がツキンと痛んだ。
 ……なんだろ。気のせい?

「そうねぇ。本来、勇者と聖女もしくは聖者はセットで、同時に現れるらしいわ。瘴気を払う聖女と聖女を守る勇者と……」
 シホさんが申し訳なさそうにしながら言った。
「ごめんなさいね、ヒナちゃん。当代の聖女はうちにいるのよ」
「……うちに?」
「うん。魔国にいるのよ」
「え……?」
 あ、また。頭が……

「たぶんヒナちゃんが召喚されたのと同じ頃だと思うんだけど、行き倒れ寸前の女の子を拾ったの」
 ……何か、おかしい。シホさんの話ではなくて、私が。

「仕方なく看病したんだけど、全然人間の国に帰ろうとしないし」
 シホさんの声が妙に遠い。
「周りの魔族からは妙に気に入られて、城に居座ってるのよ」

「……城って、ここじゃなくて?」
「ここは勇者を迎え撃つための場所ね。ちゃんとした魔王城は別にあるわよ。城下町もあるし」
「そうなんだ……」

 魔国は『宵闇の森』の奥深く、人間には知られていない場所に存在するという。大規模な結界と幻影を張り巡らせているそうだ。聖女もそこに……

 どこかでパキンと音がした気がした。途端に、押し寄せてきたものがあった。ああ、これは、私の記憶……
 なんで、忘れていたんだろう。凛々しくも可愛らしい、親友の姿を。

「あの、シホさん」
 少し緊張しながら尋ねた。 
「聖女の名前……わかる?」
「それなら『ミスミ』って」

「……良かった……」
 全身から力が抜けて、声が震えた。涙が溢れた。しばらくは止まりそうになかった。
「スミちゃん生きてた……良かったぁ……」
「あらあら。大丈夫?」
「うんっ……なんか……ホッとして……」

 泣いて、泣いて。少し落ち着いてから言った。
「こっちの世界に来た時」
 召喚……いや、あれは拉致。殺されたんだ。この世界の神に。ここに連れてくるために。肉体を持ったままでは異世界に渡れないからと。

「……友達と一緒だったの」
「それが聖女ミスミね?」
「うん」
 スミちゃんは神々に盾突いた。そして私とは別に放り出されてしまったんだ。

「じゃあ、ヒナちゃんに聞けばわかるかしら。あの子が頑なに名字しか名乗らない理由」
「スミちゃん自分の名前嫌いだから」
「嫌い? どうして」

「私が言ったって言わないでね? スミちゃんの名前『ジャスミン』っていうの」
「え?」
「『茉莉花』って書いて、ジャスミン」
 ちなみに、純日本人。
 シホさんが「隠すわけだわ」と呻いた。





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