〈麦わら帽子と銀貨一枚〉
文字数 1,732文字
(元騎士の友人視点)
アルヴィン・コールリッジといえば、伯爵家の長男でありながら闇魔法に適性を示した忌み子だ。次期伯爵は弟のダリルだと言われている。
ならば早々に家から出してしまえば良いのに、コールリッジ伯爵は長男が可愛いらしく、彼が十五歳になっても手元に置いていた。
そのコールリッジ家の長女ベアトリスとアシュベリー子爵家の長男エヴァンとの縁談が持ち上がった。つまり。俺がアルヴィンの義弟になるわけだ。
初めて会った婚約者は幼さはあったがとても可愛らしく、リボンで装飾された麦わら帽子がよく似合っていた。俺はベアトリスと二人で庭園を歩いた。
「その帽子、とても素敵だね」
お世辞というわけでもなくそう褒めれば、ベアトリスははにかんだ笑顔を浮かべた。
「ありがとう。お兄様からいただいたの」
アルヴィンが選んだのかと思うと、なんだか面白くなかった。
コールリッジ伯爵はアルヴィンを騎士学校に入学させた。おかげで俺は奴の同級生だ。
初めて直接会ったアルヴィンは、妹によく似た金髪だった。背はそれなりに高くても、身体は細く見えた。
アルヴィンは努力を惜しまない奴だった。忌み子だからと雑用を押し付けられ、課題を増やされ、不自然な痣を作っていることすらあった。それでも怠けている姿は見たことがない。闇にしか適性がないのか、決して魔法を使おうとしなかった。
ベアトリスが兄について手紙であれこれと聞いてくる。たまに会った時もアルヴィンの話をさせられた。婚約者を心配させないような話題を選ぶのが大変だった。
寮を抜け出し、同級生と三人で平民街に遊びに行った時だ。仲間のひとりが財布をすられたのか落としたのか。とにかく酒場の支払いができなくて、俺たちは途方に暮れた。
ツケにすることもできず、店主に凄まれて青い顔をしていたら、後ろから声がした。
「いくら足りないの?」
アルヴィンだった。
何故か金髪が茶髪になっていたが、それだけで見間違えるわけもない。
「なんだ、アル。お前が払ってくれんのか」
店主はアルヴィンと顔見知りらしかった。
「あんまり高くなかったらね」
「銀貨一枚だ」
「……これでいい?」
アルヴィンが自分の財布から銀貨を出して、俺たちは解放された。他の二人は礼すら言わずに逃げていった。
「ありがとう。助かった。金、必ず返すから」
アルヴィンは本当に少しだけ微笑んだ。
「あれくらい構いませんよ」
俺はアルヴィンと寮まで並んで歩いた。勝手に抜け出したことをどう言い訳しようかと思っていたら、アルヴィンが「内緒にしてくださいね」と言って、認識阻害の闇魔法をかけてくれた。おかげで見咎められずに部屋に戻れた。
初めて経験した闇魔法は別に何も怖くなかった。
後で聞いたのだが。アルヴィンはいずれ家を出る時のために、平民になっても困らないよう、子供の頃から少しずつ庶民の暮らしを学んでいたらしい。ふらっと出かけただけの俺たちよりもずっと平民街に慣れていたのだ。
それ以来、俺はアルヴィンと話すことが増えた。金はちゃんと返し、あの二人にも謝罪をさせた。気付けば友人と言ってもいいくらいの関係になっていた。
騎士になってからもアルヴィンは時々不自然な怪我をしていた。手当てをしてやったこともある。それでも次第に、周りには味方が増えていった。
魔物は王都にまで出没し、俺たちもそれなりに忙しくしていた。地方の町や村はもっと大変らしい。
そして、とうとう勇者が召喚された。しかし、現れたのはベアトリスよりも幼いくらいの少女。どんな力があるのかと思えば、あまりにもか弱かった。
その少女が城から追放された時。アルヴィンは追いかけていってしまった。
困った義兄だ。ベアトリスが寂しがるから、俺たちの結婚式までには帰ってきてくれるといいんだが。
あいつからの絶縁状?
悪いがよく思い出せないな。
半月も経たずに、やはりあの少女が勇者だったという噂が流れた。俺は周りの騎士たちに声をかけた。
「あいつ、たぶん追手がかかるだろ。手配書の似顔絵、俺たちで細工してやろうぜ」
絵描きはアルヴィンの顔なんて知らない。同僚だった騎士に人相を聞きに来るだろう。どうせだから、凶悪な人相書きを作ってやろうじゃないか。
アルヴィン・コールリッジといえば、伯爵家の長男でありながら闇魔法に適性を示した忌み子だ。次期伯爵は弟のダリルだと言われている。
ならば早々に家から出してしまえば良いのに、コールリッジ伯爵は長男が可愛いらしく、彼が十五歳になっても手元に置いていた。
そのコールリッジ家の長女ベアトリスとアシュベリー子爵家の長男エヴァンとの縁談が持ち上がった。つまり。俺がアルヴィンの義弟になるわけだ。
初めて会った婚約者は幼さはあったがとても可愛らしく、リボンで装飾された麦わら帽子がよく似合っていた。俺はベアトリスと二人で庭園を歩いた。
「その帽子、とても素敵だね」
お世辞というわけでもなくそう褒めれば、ベアトリスははにかんだ笑顔を浮かべた。
「ありがとう。お兄様からいただいたの」
アルヴィンが選んだのかと思うと、なんだか面白くなかった。
コールリッジ伯爵はアルヴィンを騎士学校に入学させた。おかげで俺は奴の同級生だ。
初めて直接会ったアルヴィンは、妹によく似た金髪だった。背はそれなりに高くても、身体は細く見えた。
アルヴィンは努力を惜しまない奴だった。忌み子だからと雑用を押し付けられ、課題を増やされ、不自然な痣を作っていることすらあった。それでも怠けている姿は見たことがない。闇にしか適性がないのか、決して魔法を使おうとしなかった。
ベアトリスが兄について手紙であれこれと聞いてくる。たまに会った時もアルヴィンの話をさせられた。婚約者を心配させないような話題を選ぶのが大変だった。
寮を抜け出し、同級生と三人で平民街に遊びに行った時だ。仲間のひとりが財布をすられたのか落としたのか。とにかく酒場の支払いができなくて、俺たちは途方に暮れた。
ツケにすることもできず、店主に凄まれて青い顔をしていたら、後ろから声がした。
「いくら足りないの?」
アルヴィンだった。
何故か金髪が茶髪になっていたが、それだけで見間違えるわけもない。
「なんだ、アル。お前が払ってくれんのか」
店主はアルヴィンと顔見知りらしかった。
「あんまり高くなかったらね」
「銀貨一枚だ」
「……これでいい?」
アルヴィンが自分の財布から銀貨を出して、俺たちは解放された。他の二人は礼すら言わずに逃げていった。
「ありがとう。助かった。金、必ず返すから」
アルヴィンは本当に少しだけ微笑んだ。
「あれくらい構いませんよ」
俺はアルヴィンと寮まで並んで歩いた。勝手に抜け出したことをどう言い訳しようかと思っていたら、アルヴィンが「内緒にしてくださいね」と言って、認識阻害の闇魔法をかけてくれた。おかげで見咎められずに部屋に戻れた。
初めて経験した闇魔法は別に何も怖くなかった。
後で聞いたのだが。アルヴィンはいずれ家を出る時のために、平民になっても困らないよう、子供の頃から少しずつ庶民の暮らしを学んでいたらしい。ふらっと出かけただけの俺たちよりもずっと平民街に慣れていたのだ。
それ以来、俺はアルヴィンと話すことが増えた。金はちゃんと返し、あの二人にも謝罪をさせた。気付けば友人と言ってもいいくらいの関係になっていた。
騎士になってからもアルヴィンは時々不自然な怪我をしていた。手当てをしてやったこともある。それでも次第に、周りには味方が増えていった。
魔物は王都にまで出没し、俺たちもそれなりに忙しくしていた。地方の町や村はもっと大変らしい。
そして、とうとう勇者が召喚された。しかし、現れたのはベアトリスよりも幼いくらいの少女。どんな力があるのかと思えば、あまりにもか弱かった。
その少女が城から追放された時。アルヴィンは追いかけていってしまった。
困った義兄だ。ベアトリスが寂しがるから、俺たちの結婚式までには帰ってきてくれるといいんだが。
あいつからの絶縁状?
悪いがよく思い出せないな。
半月も経たずに、やはりあの少女が勇者だったという噂が流れた。俺は周りの騎士たちに声をかけた。
「あいつ、たぶん追手がかかるだろ。手配書の似顔絵、俺たちで細工してやろうぜ」
絵描きはアルヴィンの顔なんて知らない。同僚だった騎士に人相を聞きに来るだろう。どうせだから、凶悪な人相書きを作ってやろうじゃないか。