和解へ
文字数 1,873文字
(勇者視点)
勇者ではないと言われて追い出された。その城に、二度と訪れるつもりはなかったのに。魔王と一緒に戻って来るなんて、何が起きるかわからないものだ。
騒ぎは少し落ち着いて、何人かの騎士たちが私とアルを取り囲んでいた。あの時はすまなかった、と思い詰めたような顔で謝罪されて、私は困ってしまった。
「もういいですよ。皆さんが悪いわけじゃないと思うので」
アルも言っていたけど、騎士という立場で国に逆らうことなんてできるわけがない。ここにいる騎士たちひとりひとりは、私への悪感情なんてなくても上からの指示には従うしかなかったんだ。
「私、皆さんを恨んだりはしていないので、気にしないでください」
頭を上げた騎士のひとりがにやっと笑ってアルを見た。
「なあ、手配書の人相書きはどうだった? あれ俺たちの傑作なんだけど」
「ああ……どこの蛮族かと」
聞けば、アルの似顔絵を描くために人相を聞きに来た絵描きに、あることないこと吹き込んで、似ても似つかない絵を描かせたらしい。
「エヴァン。あなたの仕業でしたか」
「あんたがちゃんと帰ってきてくれないとベアトリスが寂しがるだろ」
ベアトリスはアルの妹。この騎士はその婚約者だという。
「……私は『絶縁してくれ』と手紙を書いたはずですが」
アルにとっては相当な決意があってのことだったはず。だけど、エヴァンという騎士はそれを笑い飛ばした。
「そんなもの。まともに届くと思うのか?」
アルは片手で顔を覆って深く嘆息した。
友人と話をするアルから、そっと離れる。
「味方もいたみたいね?」
シホさんがそう言って微笑んだ。魔王の威圧はすっかり消えて、普通の女の人にしか見えない。それでも人間たちはシホさんを警戒しているのだろう。すぐ近くで騎士が見張っていた。その騎士を聖女であるスミちゃんが不快そうに見ている。
「歓迎の宴を開くとか言われたから断ったわ。堅苦しいのも胃にもたれるだけの食事も嫌だから」
シホさんの隣では側近のケインさんが呆れていた。
「そのようなものは魔国との国交を樹立した記念にでもすれば良いと思うのですが、人間たちはよくわからないことをしたがりますね」
「たぶん、機嫌を取りたいんだろうな」
と、スミちゃんが言った。私もそう思う。
私たちには広く豪華な部屋が用意された。泊まっていけということらしい。ひとりひと部屋だったものを、私とスミちゃん、シホさんで同室にしてもらった。目が届かない所で何をされるかわかったものではないので。流石に、アルとケインさんは別々だけどね。
ひと晩休ませてもらって、広いお風呂も使わせてもらった。食事は全部、鑑定してから。シホさんの手料理と比べると味が薄いのに脂っこいので、スミちゃんは嫌そうにしていた。
話し合いの場に王様はいなかった。宰相だという人が騎士団長と一緒に待っていた。
こちらからは私とシホさんとケインさんが対話に臨む。シホさんの真名を知っている私が参加しないわけにはいかないし、ケインさんはシホさんから離れたがらなかった。アルにはスミちゃんの側にいてもらっている。
緊張している様子の宰相が尋ねてきた。
「その、魔王様がそちらの勇者に恭順の意を示されたというのは……」
「本当よ。でも、私は人間に屈したわけではない。私の忠義はあくまでも勇者個人に対するものよ」
忠義、ね。真名を押し付けられただけなんだけどね。
「ああ……あなたたちは私の主人を勇者とは認めていないんだったかしら?」
魔王が白々しく言う。
「か弱い女の子だものね?」
宰相の顔色が悪くなっていく。
「いえ、間違いなく、勇者だと……」
「それにしては酷い扱いだったと聞いたけれど」
「シホさん。そのくらいに」
話が進まなくなってしまう。
「では、全て誤解だと?」
宰相は青い顔だったけど、落ち着いて話を聞いてくれていた。
「そうよ。でも、すぐに納得してもらえるとは思ってないわ」
シホさんは和解のためにひとつの提案をした。
人間に近い姿を持つ魔族を人間の町に派遣して、魔物から町を守るための手伝いをさせる。その代わり人間側も誤解を解く努力をして欲しいという提案だ。もちろん、瘴気の浄化を同時に進めていく。
「魔族と魔物が別物だという証明を」
宰相は怯えながらもそう食い下がってきた。
「そうねぇ……実際に私たちが魔物を狩るところを見せたら、わかってもらえる?」
魔王は行儀悪く脚を組んで、嫣然と笑った。
「あなたが王の代わりの責任者だと言うのなら、戦場にもついてきてくれるわね? ああ、もちろん他国の王にも声を掛けてちょうだいね?」
勇者ではないと言われて追い出された。その城に、二度と訪れるつもりはなかったのに。魔王と一緒に戻って来るなんて、何が起きるかわからないものだ。
騒ぎは少し落ち着いて、何人かの騎士たちが私とアルを取り囲んでいた。あの時はすまなかった、と思い詰めたような顔で謝罪されて、私は困ってしまった。
「もういいですよ。皆さんが悪いわけじゃないと思うので」
アルも言っていたけど、騎士という立場で国に逆らうことなんてできるわけがない。ここにいる騎士たちひとりひとりは、私への悪感情なんてなくても上からの指示には従うしかなかったんだ。
「私、皆さんを恨んだりはしていないので、気にしないでください」
頭を上げた騎士のひとりがにやっと笑ってアルを見た。
「なあ、手配書の人相書きはどうだった? あれ俺たちの傑作なんだけど」
「ああ……どこの蛮族かと」
聞けば、アルの似顔絵を描くために人相を聞きに来た絵描きに、あることないこと吹き込んで、似ても似つかない絵を描かせたらしい。
「エヴァン。あなたの仕業でしたか」
「あんたがちゃんと帰ってきてくれないとベアトリスが寂しがるだろ」
ベアトリスはアルの妹。この騎士はその婚約者だという。
「……私は『絶縁してくれ』と手紙を書いたはずですが」
アルにとっては相当な決意があってのことだったはず。だけど、エヴァンという騎士はそれを笑い飛ばした。
「そんなもの。まともに届くと思うのか?」
アルは片手で顔を覆って深く嘆息した。
友人と話をするアルから、そっと離れる。
「味方もいたみたいね?」
シホさんがそう言って微笑んだ。魔王の威圧はすっかり消えて、普通の女の人にしか見えない。それでも人間たちはシホさんを警戒しているのだろう。すぐ近くで騎士が見張っていた。その騎士を聖女であるスミちゃんが不快そうに見ている。
「歓迎の宴を開くとか言われたから断ったわ。堅苦しいのも胃にもたれるだけの食事も嫌だから」
シホさんの隣では側近のケインさんが呆れていた。
「そのようなものは魔国との国交を樹立した記念にでもすれば良いと思うのですが、人間たちはよくわからないことをしたがりますね」
「たぶん、機嫌を取りたいんだろうな」
と、スミちゃんが言った。私もそう思う。
私たちには広く豪華な部屋が用意された。泊まっていけということらしい。ひとりひと部屋だったものを、私とスミちゃん、シホさんで同室にしてもらった。目が届かない所で何をされるかわかったものではないので。流石に、アルとケインさんは別々だけどね。
ひと晩休ませてもらって、広いお風呂も使わせてもらった。食事は全部、鑑定してから。シホさんの手料理と比べると味が薄いのに脂っこいので、スミちゃんは嫌そうにしていた。
話し合いの場に王様はいなかった。宰相だという人が騎士団長と一緒に待っていた。
こちらからは私とシホさんとケインさんが対話に臨む。シホさんの真名を知っている私が参加しないわけにはいかないし、ケインさんはシホさんから離れたがらなかった。アルにはスミちゃんの側にいてもらっている。
緊張している様子の宰相が尋ねてきた。
「その、魔王様がそちらの勇者に恭順の意を示されたというのは……」
「本当よ。でも、私は人間に屈したわけではない。私の忠義はあくまでも勇者個人に対するものよ」
忠義、ね。真名を押し付けられただけなんだけどね。
「ああ……あなたたちは私の主人を勇者とは認めていないんだったかしら?」
魔王が白々しく言う。
「か弱い女の子だものね?」
宰相の顔色が悪くなっていく。
「いえ、間違いなく、勇者だと……」
「それにしては酷い扱いだったと聞いたけれど」
「シホさん。そのくらいに」
話が進まなくなってしまう。
「では、全て誤解だと?」
宰相は青い顔だったけど、落ち着いて話を聞いてくれていた。
「そうよ。でも、すぐに納得してもらえるとは思ってないわ」
シホさんは和解のためにひとつの提案をした。
人間に近い姿を持つ魔族を人間の町に派遣して、魔物から町を守るための手伝いをさせる。その代わり人間側も誤解を解く努力をして欲しいという提案だ。もちろん、瘴気の浄化を同時に進めていく。
「魔族と魔物が別物だという証明を」
宰相は怯えながらもそう食い下がってきた。
「そうねぇ……実際に私たちが魔物を狩るところを見せたら、わかってもらえる?」
魔王は行儀悪く脚を組んで、嫣然と笑った。
「あなたが王の代わりの責任者だと言うのなら、戦場にもついてきてくれるわね? ああ、もちろん他国の王にも声を掛けてちょうだいね?」