《まるで太陽》

文字数 1,722文字

(元騎士視点)

 勇者を召喚するという大掛かりな魔法で、喚び出されたのはまだ幼げな少女だった。
 国王陛下も宰相閣下も屈強な男を期待したのだろう。不安そうな表情の少女を見て、召喚は失敗だと落胆していた。

 それでも。何かの間違いで強い力の持ち主である可能性が捨てきれない。少女は戦場に連れていかれることになった。
「アルヴィン。お前は明日からあの『勇者様』の護衛だ」
 騎士である私はそう指示されて、正直面倒だなと思った。

 か弱そうな少女だった。肌は白く、身体は華奢で、武器など持ったこともないだろう。案の定、木剣を持たされた姿は見ていられるものではなかった。魔法はといえば、一般的な属性への適性を持っていないらしい。魔力はあっても、火球を飛ばすことも氷を作ることもできず、兵士にはなれそうになかった。

 結局、戦い方など身につかないまま、少女は戦場に立つことになった。やるせない。私は彼女の護衛騎士だ。しかし、一番守ってやりたい相手からは庇うことすらできない。騎士が国に逆らうことなど不可能なのだから。

 私はこの戦う術もない『勇者』を守れと言われている。庇って死ねということか、と諦念に襲われた。そもそも、私を目障りに思う連中は少なくなかったのだろう。

 しかし、少女は独自の魔法を使うことができたらしい。私の隣で震えながらも魔物を屠り、直後に泣きながら吐いた。私は少女を支え、その背中を擦って口をすすがせた。肉の薄い、細く頼りない身体だった。重くなれば動けないからと、彼女に鎧は与えられていなかった。

 少女の魔法は珍しいものではあった。けれど、そこまで強力ではないと見做され、やはり『勇者』ではないという結論が出された。

 城に戻ってからの少女は塞ぎ込んでいた。毎日「帰りたい」「友達に会いたい」と嘆き、食も進まない様子。
 あまりに気の毒で放っておけなかった。
 私は家族に手紙を書いた。私のことは死んだと思って絶縁して欲しい、と。元々いつかは家を出る身だ。

 少女を攫って逃げるつもりだった。こんな場所には置いておけない。『勇者』ではなくても異世界人だ。一体何に利用されることか。連れ去ればどんな罪に問われるかわからない。家族には迷惑をかけるだろう。
 しかし、実際には少女が城を追われる方が早かった。私はその場で騎士を辞め、すぐに少女を追いかけた。

「私にあなたを守らせてください」
 私がそう言うと、少女は理解できないという顔でこちらを見た。
「……なんのために?」
「わかりません。ただ、あなたのような人を無理やり戦わせることを是とする職場に嫌気が差しました」

 少女は一瞬きょとんとして、それから声を上げて笑った。初めて見た彼女の笑顔は太陽のように眩しかった。

 私たちは互いの名前すら知らなかった。召喚されてからずっと、彼女は『勇者様』とだけ呼ばれていた。
「アルヴィンです。アルと呼んでください」
「私はヒナタ。よろしくね、アル」
 陽のあたる場所という意味だと聞いて、相応しい名前だと思った。

 魔物を倒して魔石を取り出し、それを売って旅をする。二人で過ごすうちに、ヒナタが神の加護を持った正式な勇者であることを知った。
 彼女の魔力量は増え続けているそうで、今はまだ成長途中であるらしい。収納魔法まで使えるという。おかげで、旅は信じられないくらいに快適だ。

 大して時間が経たないうちに、やはりあの少女こそが『勇者』だったと、城の連中が手のひらを返した。
 勇者を追い出したというのは外聞が悪いのだろう。今では私がヒナタを誘拐したということになっている。

「またアルの手配書。相変わらず似てないなぁ」
 ヒナタが剥がしてきた紙には、どこの蛮族かと思うような凶悪な顔が描かれていた。これが私だと言われるのは複雑だが、結果的に逃げ切れているので、これでいい。

「そろそろ移動しようか」
「この町には飽きましたか?」
「そうじゃないけど。東の遺跡に『聖剣』があるって噂があったじゃない?」
「あまり期待はできませんが……」

 あんな仕打ちをされたのに、ヒナタは勇者であることを辞めようとはしない。いずれは魔王を倒すつもりでいるようだ。
 この少女の在り方はまるで太陽。とても眩しいと私は思う。



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