どうか、報われて欲しい

文字数 1,689文字

(勇者視点)

 私の相棒兼保護者のアルは、騎士を辞め家族とも絶縁してしまった男。それは私のためだったわけで。何と言うか、重い。負担だと思っているわけじゃないけど。

 いくつかの情報に踊らされつつ、私は聖剣を入手した。喜ぶべきことだ。でも。
「アル。もう一度言ってくれる?」
 顔が引き攣るのを感じながら、私はそう問いただした。
「ですから、これ以上は同行できないと。ここで別れましょう。足手まといになります」

 最近の私は魔物の群れを撃退しても魔力の枯渇を起こさなくなった。アルが私を抱えて走ることはなくなったし、それ以外でも頼る場面は減っている。
 そこに聖剣が加わった。アルと勇者である私との力の差が完全に逆転したわけだ。

「……私まだ未成年だよ? 保護者は?」
 この国の成人は十八歳だったはず。
「あなたの年齢なら、独立していても不自然ではありません」
「……守ってくれるって、言ったのに?」
 独りになるのかと思ったら、みっともなく声が震えた。

「すみません……ですが……」
 アルは辛そうな表情で言った。
「私は剣を持って戦う者です。あなたに守られる存在にはなりたくないのです」

 私はため息をついた。そして、決めた。
「……わかった」
「では、」
 寂しげに微笑んだ青年の言葉は聞かずに、その袖を掴む。
「迷宮に潜ろう」

 アルが目を見開いた。
「何を言って」
「聖剣を探してる時に聞いたでしょう? 『迷宮には神の遺物がある』『人の枠を超えた力が得られる』って。アルがその力を手に入れればいいじゃない」

「そのようなことをしている場合では」
「ひとりで魔王に挑めって言うの? そもそも勇者に仲間がいないとかおかしいでしょ」
「もし何も見つからなかったら」
「どうせ国境を越えるための身分証が必要だから冒険者登録しようって言ってたじゃない」

 どちらにしろ、私にはまだ力が必要だ。
 修練を兼ねて迷宮の探索をすればいいと言えば、アルもそれ以上反対しなかった。







 迷宮は変わった場所だった。階段を下りた先に空があり、森があり、川が流れていた。
 地下に潜って行くように見えて、本当は別のどこかなのだろう。階段の途中で転移させられているようだ。脱出も転移魔法陣だし。

 魔物を倒し、その背後にあった箱を開ける。中身はなんの変哲もないない小瓶だ。けど、それをスキルで《鑑定》して、思わず大きな声が出た。
「これ『加護の霊薬』だよ!」

 このスキルのことはアルにまだ話していない。けど、私にものを見抜く能力があることは気付かれている。
「まさか本当に見つかるとは……」
「こんな所まで来た甲斐があったね」

 こんな所、とは、世界にいくつかある迷宮の中でも、特に攻略が進んでいないと言われる『宵闇の森の迷宮』だ。入り口は深く暗い森の中にあり、その森の奥には魔王の城があるという。普通の人間は来ない場所だからこそ、めぼしいアイテムが残っていると思ったんだ。

「あ、でもこれ……」
「どうしました?」
 勇者である私は複数の神から加護をもらった。でも、この薬で得られる加護はひとつだけ。
「創造神でも戦神でもなく、魔神の加護なんだけど」

 この世界で魔神といえば魔法の神。獣神とも呼ばれていて、獣の姿をしているらしい。今は滅びたとされる獣人は、この魔神の眷族だったとか。そんな神の加護を得たらどうなるか……

「構いません。それで勇者の隣に立てるなら」
 迷いも躊躇いもなくそう言い切って、アルは薬を飲み干した。

 結果として。
 アルは《獣化》というスキルを得た。黒い狼の姿に変化できるようになってしまった。獣耳が生えるよりはマシかなぁ。
 アルの金髪は黒髪になり、目の色もルビーのような真紅に変わった。同時に魔力量がものすごく増えた。何せ魔神の加護だから。

 闇魔法を使いながら敵を蹴散らす大きな黒狼は、傍からじゃ魔物の仲間割れにしか見えない。私のために騎士を辞めた男は、とうとう人間まで辞めたわけだ。

 後悔はないとアルは言う。しかし、いくら勇者の隣に立つためとはいえ、犠牲を払いすぎだ。まあ、そうさせたのは私なんだけど。
 この人のためにも、ちゃんと魔王を倒さないとねぇ……





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