《この闇が役に立つなら》
文字数 1,644文字
(元騎士視点)
宿で適当に済ませた朝食の後、テーブルに頬杖をついて、華奢な少女でありながら勇者でもあるヒナタが言った。
「神様が夢に出てきて言ってたの。『勇者は聖剣以外の武器を扱えないから早く聖剣を見つけろ』って」
「……は?」
この勇者様は、今、なんと言った?
「城に居た頃に私の剣の腕が上達しなかったのはそのせいだったみたい」
ヒナタはうんざりした様子でため息をついた。
「そんな大事なこと、先に言っておいて欲しいんだけど」
確かに、護衛騎士として近くで見ていたが、城に滞在していた頃のヒナタの剣は酷いものだった。
しかし聞きたいのは、呆れたのは、そこではない。神というものはそう簡単に人間の夢に出てきたりしないはずだ。勇者とは神と対話できる者でもあるのか。
茫然とする私のことは置き去りにして、ヒナタはムスッとした顔でぼやく。
「この前の遺跡はハズレだったし、新しく聖剣の情報を仕入れないと」
確かにその通り。
しかし、ヒナタはまだ未成年の少女で私は元騎士のお尋ね者。おまけに聞きたいのが聖剣の話では疑われても仕方がない。
「城の連中に勘付かれたら面倒ですよ」
相変わらず手配書の顔は似ていないが、追手はいるはずだ。
「それなんだけど、外見を変えたらどうかな。髪の色とかさ」
私は言葉に詰まった。まさか……?
「アルならできるでしょ? 幻影の魔法で」
ああ……やはり。ヒナタの前で私が魔法を使ったことは一度もなかったのに。
「あなたはまだまだこの国の常識に疎い」
「仕方ないじゃない。異世界人だし」
「ここでは、闇魔法というものは歓迎されないのですよ」
「……そうなの?」
やはり、ヒナタには闇魔法への忌避感がないのか?
動揺は隠しつつ、言って聞かせる。
「私は確かに闇魔法が使えます。もちろん幻影も。ですがこれは知られれば疎まれるもので、隠しておく必要があるのです」
「でも……実際に幻影が掛かっているかなんて普通はわからないでしょ?」
「それはそうですが」
両親は私に甘く、闇魔法に適性があっても可愛がってくれた。けれど、世間一般にはそれがかなり珍しいことだというのは知っている。
幼い頃からの婚約は、闇魔法が使えると判明してすぐに解消された。後継者は弟に変更された。騎士には相応しくない力だと、理不尽な暴力を受ける原因にもなった。人前では極力、魔法を使わないようにしてきた。
しかし、ヒナタはそんな事情を何も知らない。単純に便利そうだとでも思っているのだろうか。そもそも、私の魔法のことがよくわかったものだ。
「どうしてもだめ? 上手くいかなくたっていいじゃない。どうせここにも長くは居られないんだし」
私が闇魔法を使うことは、すでに貴族の間で広く知られている。それでも隠していたのは、この少女の反応が怖かったから。嫌がられないのであれば、幻影が有効なのは確かだ。他人の目は気にする必要があるけれど。
「仕方がありませんね。ひとまず、今日だけですよ」
自分の外見を黒髪黒眼に偽装する。部屋を出る時には認識阻害を重ねがけするかフードを被ればいいだろう。ヒナタが顔を輝かせ「すごい」と声を上げた。
「私は? 何色にする? 金髪とか?」
ヒナタはわくわくしているように見えた。
わかってはいたつもりだが……この少女は本当に、この国とは全く別の所から来たのだな。
ここまで好意的に受け止められると、闇魔法を持っていることもこれで良かったのかとすら思えてくる。今まで燻っていたものが完全に消えるわけではないけれど。私の心の底に溜まった澱まで明るく照らされていく気がした。
「あなたはそのままで」
「え、なんで」
幻影を体験してみたいのか、ヒナタは少し不満そうだった。でも、せっかく私の方を黒くしたのだから。
「二人とも黒髪黒眼なら、兄妹に見えるかもしれないでしょう」
ヒナタはちょっと驚いて、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、今日のアルは私のお兄ちゃんだね」
「…………ええ、そうですね」
遠くで『お兄様』と、妹の声が聞こえた気がした。
宿で適当に済ませた朝食の後、テーブルに頬杖をついて、華奢な少女でありながら勇者でもあるヒナタが言った。
「神様が夢に出てきて言ってたの。『勇者は聖剣以外の武器を扱えないから早く聖剣を見つけろ』って」
「……は?」
この勇者様は、今、なんと言った?
「城に居た頃に私の剣の腕が上達しなかったのはそのせいだったみたい」
ヒナタはうんざりした様子でため息をついた。
「そんな大事なこと、先に言っておいて欲しいんだけど」
確かに、護衛騎士として近くで見ていたが、城に滞在していた頃のヒナタの剣は酷いものだった。
しかし聞きたいのは、呆れたのは、そこではない。神というものはそう簡単に人間の夢に出てきたりしないはずだ。勇者とは神と対話できる者でもあるのか。
茫然とする私のことは置き去りにして、ヒナタはムスッとした顔でぼやく。
「この前の遺跡はハズレだったし、新しく聖剣の情報を仕入れないと」
確かにその通り。
しかし、ヒナタはまだ未成年の少女で私は元騎士のお尋ね者。おまけに聞きたいのが聖剣の話では疑われても仕方がない。
「城の連中に勘付かれたら面倒ですよ」
相変わらず手配書の顔は似ていないが、追手はいるはずだ。
「それなんだけど、外見を変えたらどうかな。髪の色とかさ」
私は言葉に詰まった。まさか……?
「アルならできるでしょ? 幻影の魔法で」
ああ……やはり。ヒナタの前で私が魔法を使ったことは一度もなかったのに。
「あなたはまだまだこの国の常識に疎い」
「仕方ないじゃない。異世界人だし」
「ここでは、闇魔法というものは歓迎されないのですよ」
「……そうなの?」
やはり、ヒナタには闇魔法への忌避感がないのか?
動揺は隠しつつ、言って聞かせる。
「私は確かに闇魔法が使えます。もちろん幻影も。ですがこれは知られれば疎まれるもので、隠しておく必要があるのです」
「でも……実際に幻影が掛かっているかなんて普通はわからないでしょ?」
「それはそうですが」
両親は私に甘く、闇魔法に適性があっても可愛がってくれた。けれど、世間一般にはそれがかなり珍しいことだというのは知っている。
幼い頃からの婚約は、闇魔法が使えると判明してすぐに解消された。後継者は弟に変更された。騎士には相応しくない力だと、理不尽な暴力を受ける原因にもなった。人前では極力、魔法を使わないようにしてきた。
しかし、ヒナタはそんな事情を何も知らない。単純に便利そうだとでも思っているのだろうか。そもそも、私の魔法のことがよくわかったものだ。
「どうしてもだめ? 上手くいかなくたっていいじゃない。どうせここにも長くは居られないんだし」
私が闇魔法を使うことは、すでに貴族の間で広く知られている。それでも隠していたのは、この少女の反応が怖かったから。嫌がられないのであれば、幻影が有効なのは確かだ。他人の目は気にする必要があるけれど。
「仕方がありませんね。ひとまず、今日だけですよ」
自分の外見を黒髪黒眼に偽装する。部屋を出る時には認識阻害を重ねがけするかフードを被ればいいだろう。ヒナタが顔を輝かせ「すごい」と声を上げた。
「私は? 何色にする? 金髪とか?」
ヒナタはわくわくしているように見えた。
わかってはいたつもりだが……この少女は本当に、この国とは全く別の所から来たのだな。
ここまで好意的に受け止められると、闇魔法を持っていることもこれで良かったのかとすら思えてくる。今まで燻っていたものが完全に消えるわけではないけれど。私の心の底に溜まった澱まで明るく照らされていく気がした。
「あなたはそのままで」
「え、なんで」
幻影を体験してみたいのか、ヒナタは少し不満そうだった。でも、せっかく私の方を黒くしたのだから。
「二人とも黒髪黒眼なら、兄妹に見えるかもしれないでしょう」
ヒナタはちょっと驚いて、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、今日のアルは私のお兄ちゃんだね」
「…………ええ、そうですね」
遠くで『お兄様』と、妹の声が聞こえた気がした。