《良き隣人》
文字数 2,308文字
(元騎士視点)
魔国で暮らさないかという魔王の誘いを断って、王都の騎士団に戻る気にもなれず移り住んだカティラという町。
酒場で食事をしていたら、気が付けば私の隣にはあの大きな角のキースという魔族の少年……いや、本当は私よりも年上だと判明したのだが。
「寂しそうだな、アル? 勇者の嬢ちゃんがいないもんなー」
「そういうあなたは聖女がいなくて寂しいのでしょう」
揶揄いというより嫌味のつもりで言えば、あっさり「そりゃそうだよ」と肯定された。
「俺はもう心配で心配で。いや、ヒナタが一緒だし大丈夫だとは思うんだが。ミスミはお人好しで相手の好意をすぐ信じるからなあ」
本性は牛に似た姿のこの魔族は、聖女のミスミをそれはもう気に入っているらしい。
「今回はユラの森の浄化でしたか」
「そう。ちょっと時間かかるって言ってた」
魔王であるシホと勇者であるヒナタが手を組んだ結果、少しずつではあるが確実に人間と魔族の和解が進んできている。最近ではキースのような完全には人の姿になれない魔族でも、人間の町で暮らせるくらいになった。
まあ、歩いていても騒ぎにならないとか、買い物ができるという程度で、歓迎されているわけではないが。
「そういや、ケイン様があんたに礼を言ってたよ。ジルに胃薬が効いたって」
「ああ……それは良かった」
魔王の側近であるケインは飄々としていて図太いが、その補佐役のジルが胃痛持ち。人間との折衝やら魔王の予定管理やら魔王城の維持やらで気苦労が絶えないらしく、気の毒なくらい窶れていたのだ。見かねて胃薬を渡したのだが、まさか本当に人間の薬が魔族に効くとは思っていなかった。
「それで、これがそのお礼の品」
目の前にことりと箱が置かれた。
「中身は?」
触れる前にそう聞いた。何かが飛び出してきてはたまらない。
「魔王様の剥がれた鱗」
「いりませんよ!」
すぐさま、箱をキースに突き返した。
「えー、なんで? 貴重品だよ?」
「貴重すぎるんですよ! 扱いに困る!」
「そう言わずにもらっておきなよ。魔物の核なんかよりずーっと大きな魔力が封じられたものだよ? 魔道具の燃料でも魔法を使う時の補助でも好きに使えばいいのに」
「生憎、私は魔力なら有り余っていますので」
大体、ケインからの過剰な贈り物は、受け取ると後が面倒なのだ。代わりに何を頼まれるか……
魔王は勇者ヒナタに真名を知られていて逆らえない。もちろんヒナタは無体な真似はしない。ただ、魔王が執務から逃げたとか、厨房から出てこないとか、食材を探しに出かけて帰ってこないとか、そういう時にはヒナタのひと声が何より効く。
そしてそのヒナタは何かと私を気遣ってくれていて、私の『お願い』をよく聞いてくれる。
つまり、ケインにとって、私は魔王を動かすための手段の一部となっているのだ。後から「あの時あれをあげたでしょう」と言われても困る。まあ、そうでなくても、魔王の鱗は普通に要らないが。
酒場に新たな客が入ってきた気配がした。
「お? アルヴィン、今日はここで夕飯か?」
エヴァンの声だ。
「何をしにきたんです、領主様」
エヴァンが顔を顰めた。
「その呼び方は嫌いだ」
私がカティラに住み着いた理由がこれだ。この町はエヴァンが継いだアシュベリー子爵の領地であり、ここに居れば妹がどう過ごしているかが聞こえてくる。たまには顔を見ることもできる。まさか勇者と聖女がそれにくっついて来るとは思っていなかったが。
弟はいるものの嫡男であり跡継ぎだったエヴァンは、本人の強い希望で騎士になった。早めに引退して家督を継ぐことは前々から決まっていたのだ。無事にベアトリスと結婚し、魔王にまで祝福されたこの男は、慣れない領地経営で忙しい。それなのに時折こうしてふらっと庶民しか来ないような店に顔を見せる。
「あ。ちょうど良かった」
キースが私の前にエヴァンを座らせ、その隣に自分も腰をおろした。
「おやじさん、エール二つねー!」
領主様の都合も聞かずに、キースが注文し、エヴァンも苦笑してはいるが断らなかった。
「この前言ってた南の農場の柵、あれ魔物じゃなくてただの猪の仕業だと思う」
キースがエヴァンにそう報告する。どうやら確認を頼まれていたようだ。
「なるほど、それなら魔物避けは効かねぇな」
「ただの獣だからねー」
「何か対策はしないとな……」
「野生の獣なら、魔物の血を嫌がるのではないですか?」
「そうなんだけどさー。農場主が気色悪いからそれは嫌だって」
「ならその猪を狩りますか」
「アルヴィンやってくれんの?」
そういうつもりで発言したわけではなかったのだが……
「引き受けてもいいですよ。ちょうど暇なので」
狼の姿になってしまえば、猪くらい楽な獲物だ。
「流石は聖騎士様。頼りになるねぇ」
にやにや笑うエヴァンを軽く睨む。
「その呼び方は嫌いです」
世界の平和に貢献したとして、私は国王陛下から『聖騎士』の称号を賜った。辞退しようと思ったのだが、魔王が言った。
『闇魔法使いの君が英雄になれば、世間の目が変わるわ。君と同じ境遇の子供たちが忌み子と呼ばれない日が来るかもしれないわよ』
魔王に言われて、というのは少々、気に入らないが、受けることにしたのである。
エールが届いた。何故か三つ。
「乾杯しよう」
と、キースが言う。
「何に乾杯する?」
二人分の視線が私に向けられた。
決めろと?
どうせこいつらは酒さえ飲めれば、乾杯の理由なんてどうでもいいんじゃないのか。
「では、良き隣人たちとの友情に」
「「乾杯!!」」
忌み子と呼ばれた私と魔族のキース、この町の領主であるエヴァンが、誰にも邪魔されずに共に居られることを祝して、乾杯。
魔国で暮らさないかという魔王の誘いを断って、王都の騎士団に戻る気にもなれず移り住んだカティラという町。
酒場で食事をしていたら、気が付けば私の隣にはあの大きな角のキースという魔族の少年……いや、本当は私よりも年上だと判明したのだが。
「寂しそうだな、アル? 勇者の嬢ちゃんがいないもんなー」
「そういうあなたは聖女がいなくて寂しいのでしょう」
揶揄いというより嫌味のつもりで言えば、あっさり「そりゃそうだよ」と肯定された。
「俺はもう心配で心配で。いや、ヒナタが一緒だし大丈夫だとは思うんだが。ミスミはお人好しで相手の好意をすぐ信じるからなあ」
本性は牛に似た姿のこの魔族は、聖女のミスミをそれはもう気に入っているらしい。
「今回はユラの森の浄化でしたか」
「そう。ちょっと時間かかるって言ってた」
魔王であるシホと勇者であるヒナタが手を組んだ結果、少しずつではあるが確実に人間と魔族の和解が進んできている。最近ではキースのような完全には人の姿になれない魔族でも、人間の町で暮らせるくらいになった。
まあ、歩いていても騒ぎにならないとか、買い物ができるという程度で、歓迎されているわけではないが。
「そういや、ケイン様があんたに礼を言ってたよ。ジルに胃薬が効いたって」
「ああ……それは良かった」
魔王の側近であるケインは飄々としていて図太いが、その補佐役のジルが胃痛持ち。人間との折衝やら魔王の予定管理やら魔王城の維持やらで気苦労が絶えないらしく、気の毒なくらい窶れていたのだ。見かねて胃薬を渡したのだが、まさか本当に人間の薬が魔族に効くとは思っていなかった。
「それで、これがそのお礼の品」
目の前にことりと箱が置かれた。
「中身は?」
触れる前にそう聞いた。何かが飛び出してきてはたまらない。
「魔王様の剥がれた鱗」
「いりませんよ!」
すぐさま、箱をキースに突き返した。
「えー、なんで? 貴重品だよ?」
「貴重すぎるんですよ! 扱いに困る!」
「そう言わずにもらっておきなよ。魔物の核なんかよりずーっと大きな魔力が封じられたものだよ? 魔道具の燃料でも魔法を使う時の補助でも好きに使えばいいのに」
「生憎、私は魔力なら有り余っていますので」
大体、ケインからの過剰な贈り物は、受け取ると後が面倒なのだ。代わりに何を頼まれるか……
魔王は勇者ヒナタに真名を知られていて逆らえない。もちろんヒナタは無体な真似はしない。ただ、魔王が執務から逃げたとか、厨房から出てこないとか、食材を探しに出かけて帰ってこないとか、そういう時にはヒナタのひと声が何より効く。
そしてそのヒナタは何かと私を気遣ってくれていて、私の『お願い』をよく聞いてくれる。
つまり、ケインにとって、私は魔王を動かすための手段の一部となっているのだ。後から「あの時あれをあげたでしょう」と言われても困る。まあ、そうでなくても、魔王の鱗は普通に要らないが。
酒場に新たな客が入ってきた気配がした。
「お? アルヴィン、今日はここで夕飯か?」
エヴァンの声だ。
「何をしにきたんです、領主様」
エヴァンが顔を顰めた。
「その呼び方は嫌いだ」
私がカティラに住み着いた理由がこれだ。この町はエヴァンが継いだアシュベリー子爵の領地であり、ここに居れば妹がどう過ごしているかが聞こえてくる。たまには顔を見ることもできる。まさか勇者と聖女がそれにくっついて来るとは思っていなかったが。
弟はいるものの嫡男であり跡継ぎだったエヴァンは、本人の強い希望で騎士になった。早めに引退して家督を継ぐことは前々から決まっていたのだ。無事にベアトリスと結婚し、魔王にまで祝福されたこの男は、慣れない領地経営で忙しい。それなのに時折こうしてふらっと庶民しか来ないような店に顔を見せる。
「あ。ちょうど良かった」
キースが私の前にエヴァンを座らせ、その隣に自分も腰をおろした。
「おやじさん、エール二つねー!」
領主様の都合も聞かずに、キースが注文し、エヴァンも苦笑してはいるが断らなかった。
「この前言ってた南の農場の柵、あれ魔物じゃなくてただの猪の仕業だと思う」
キースがエヴァンにそう報告する。どうやら確認を頼まれていたようだ。
「なるほど、それなら魔物避けは効かねぇな」
「ただの獣だからねー」
「何か対策はしないとな……」
「野生の獣なら、魔物の血を嫌がるのではないですか?」
「そうなんだけどさー。農場主が気色悪いからそれは嫌だって」
「ならその猪を狩りますか」
「アルヴィンやってくれんの?」
そういうつもりで発言したわけではなかったのだが……
「引き受けてもいいですよ。ちょうど暇なので」
狼の姿になってしまえば、猪くらい楽な獲物だ。
「流石は聖騎士様。頼りになるねぇ」
にやにや笑うエヴァンを軽く睨む。
「その呼び方は嫌いです」
世界の平和に貢献したとして、私は国王陛下から『聖騎士』の称号を賜った。辞退しようと思ったのだが、魔王が言った。
『闇魔法使いの君が英雄になれば、世間の目が変わるわ。君と同じ境遇の子供たちが忌み子と呼ばれない日が来るかもしれないわよ』
魔王に言われて、というのは少々、気に入らないが、受けることにしたのである。
エールが届いた。何故か三つ。
「乾杯しよう」
と、キースが言う。
「何に乾杯する?」
二人分の視線が私に向けられた。
決めろと?
どうせこいつらは酒さえ飲めれば、乾杯の理由なんてどうでもいいんじゃないのか。
「では、良き隣人たちとの友情に」
「「乾杯!!」」
忌み子と呼ばれた私と魔族のキース、この町の領主であるエヴァンが、誰にも邪魔されずに共に居られることを祝して、乾杯。