魔王城の勇者

文字数 1,897文字

(勇者視点)

 勇者である私と聖女であるスミちゃんを見比べて、シホさんが言った。
「なんでヒナちゃんが勇者なのかしら。ミスミが勇者の方がしっくりくる気がするわ」
 シホさんは魔族の王、つまり魔王だ。魔王と和やかに会話ができるとは思っていなかった。

「神々の嫌がらせかもね」
 と、スミちゃんは言ったけど。内面の適性を見た結果だと私は思う。
 スミちゃんは男勝りな王子様タイプだと思われがちだし、本人もそのイメージをあまり崩したくないみたい。だけど、本当はとても繊細で優しくて可愛らしい。私よりもずっと乙女なのだ。

 本気の殺し合いにスミちゃんは向いていない。比べて私は、見た目には男っぽさとか荒い感じはないかもしれないけど、たぶんかなり残酷なこともできる。それが必要なら。そういうものになってしまったとも言える。

 今、私と私の保護者のアルは魔王城に滞在している。とても快適だ。
 人間の国に召喚されたのが私で良かったと思う。シホさんがスミちゃんを保護してくれていて、本当に助かった。スミちゃんに逃亡生活をさせずに済んだ。まあ、アルとの旅は楽しい面も沢山あったけどね。

 血縁でもない異性と二人、節約のために同じ部屋で寝泊まりするのは落ち着かなかった。
 私は空間魔法が使えるから、部屋を不可視の結界で区切っていた。それでもアルには相当気を使わせてしまっていたと思う。

「おーい、ヒナタ!」
 物思いに耽っていたら、キースが私を呼んだ。
「手が空いてるなら団長と手合わせしないか?」
 キースが言う『団長』は、魔国騎士団の団長、ハーヴィーさんのこと。
「聖剣抜いて見せろよー!」

「いやそれ、この前、修練所の壁吹っ飛ばしてシホさんに怒られたでしょう?」
「ミスミが三重に結界張ってくれるってさ」

 うーん……聖女の本気なら大丈夫かな。怪我は瀕死までならスミちゃんがどうにかしてくれるし。それに、勇者は《痛覚遮断》ができる。やり過ぎると叱られるけどね。スミちゃんとアルに。

 暇だったのは確かだ。アルはシホさんに連れられてどこかに行っていた。偉い魔族たちが人間のことを聞きたがっているらしい。

「ちなみにハーヴィーさん《獣化》する?」
 キースの後ろで苦笑していた騎士団長は、尖った獣の耳をぴこんと動かした。
「《獣化》ありの飛行なしでどうだ?」

 ハーヴィーさんの本性はヤマネコに似ている。鴉みたいな黒い翼があって、尻尾は爬虫類っぽい。完全な《人化》はできなくて、普段の姿は『獣人』って感じ。
 ハーヴィーさんのように私と手合わせできる人は多くない。聖剣を使うことが前提になるからね。

「そちらは攻撃魔法なしで頼みたい」
 ハーヴィーさんに言われて首を振る。
「そこまですると私が不利だよ! 光の矢は使わせて」
「……仕方ないな。あの白い炎となんか一閃するやつは禁止だ」
「わかった、それで。飛ばないでよ?」

 胸元に手をあてて、聖剣を呼び出す。胸の真ん中辺りから、剣の柄が現れたのを、掴んでずるりと引っ張り出した。聖剣には鞘がない。勇者自身が鞘だからだ。

「うへ」
 キースが顔を顰める。
「相変わらず気持ち悪ぃ。身体の中に剣を収めてるとか正気じゃねぇわ」
 そう言う割に見たがるんだよね。ホラー映画みたいなものなの?

 取り出した聖剣は短めの片手剣。軽くひと振りすれば、両手持ちの大剣に変化する。
 修練所の中央で《獣化》したハーヴィーさんと向き合った。スミちゃんの結界がドーム状に展開されていく。
 そのスミちゃんは「真剣で手合わせはどうかと思うよ」と苦い顔。加減はしますとも。

 キースの合図と同時に、ハーヴィーさんが飛びかかってきた。聖剣の腹で牙を防ぐ。少しの間押し合いになって、隙を見て刃を捻り、振り払った。
 どう動けば良いかは聖剣が教えてくれる。でも、常にその通りに動けるかというと、なかなか厳しい。

 光の矢で背中を狙う。聖剣で斬り上げる。魔法障壁で防がれ、飛び退かれて、頭突きが来た。咄嗟にこちらも魔法で防ぎつつ、横に躱す。

 ああ……私はいつから、剣を振り回して笑うようになったんだろう。身体が思い通りに動くことが、こんなにも楽しい。

 聖剣を振り下ろすと同時に光の矢を放つ。剣は防がれ、矢のひとつが脇腹を掠めた。尾のひと振りで足を取られ、よろけて、距離を取ってどうにか立て直す。

 突然地面がボコッと凹んだ。
 …………へ?
 姿勢を崩されて尻もちをつく。魔法を使ったハーヴィーさん自身も驚いた顔。
 ああー。スミちゃん、足元には結界を張らなかったかー! これは気が付かなかった私も悪い。

 結局勝敗は有耶無耶になり、修練所の床を凸凹にしたことでシホさんに怒られた。






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