《元騎士は苦悩する》

文字数 1,763文字

(元騎士視点)

 魔国に向かうのであれば、この対勇者決戦用出城(と魔王が呼んでいる城)からは、直通の転移魔法陣があるそうだ。到着先は真の魔王城で、魔王の側近や他の魔族たちが沢山いるらしい。

「勇者ちゃんはもう私のご主人様だから滅多なことはないと思うけど、問題はそっちの狼くんね」
〈変な呼び方をするな〉
 ヒナタの足元に伏せたまま、私が軽く睨めば、魔王は不満げな顔をした。
「なんだ《念話》できるんじゃない。その姿だと喋れないのかと思った。私まだ君の名前聞いてないのよ」

 そういえば名乗っていなかったか。確かに《念話》はできる。《獣化》と共にスキルは手に入れた。だが、あまり得意なわけではない。面倒なので人の姿に戻った。
「…………アルヴィンだ」
「そう、だからアルなのね。そこ座って」

 私は魔王と仲良くするつもりはないのだが……そういうわけにもいかないか。勇者であるヒナタがこの女を受け入れている以上、私も魔王と関わることになる。

 魔族は敵だと言われて育った。人間のためを思って戦ってきた。実際、今までに私が手に掛けた魔族もいた。それが……誤解だと魔王は言う。その言い分を認めるなら……今更、どう向き合えばいい?

「私は、無駄に魔族を殺したのか……?」
 全てが崩れそうな気分で呟けば、魔王は一瞬驚いて、妙に優しげに微笑んだ。
「君は真面目だねぇ、アルヴィン」

「命のやり取りの話だ。不真面目になどできるものか」
「うんうん。君はとてもいい子ね」
「ふざけているのか?」
 少なくとも、馬鹿にしているだろう?

「別にふざけてないわよ。そんなに思い詰めなくていいってこと」
「しかし、私はあなたの民を……」
 魔王は「うん」と頷いた。
「あのね。私は魔族の中では人間に近いの。前世の感覚がまだ残ってるから。だからわかる。魔族は人間とはものの考え方がかなり違うのよ」

 どういうことかと魔王を見つめた。
「わかりやすく説明するとね。魔族は死者を悼まないわけじゃないけど、基本的に『本人が弱かったのが悪い』って考えるの。びっくりするほど弱者に冷淡なのよ。強い者が正義なの」
 家族への情も薄く、伴侶ならともかく親の仇を討つというような考え方はしないらしい。

「戦って、君が勝った。なら、君は何も悪くない。何故なら君の方が強かったから。弱い者が淘汰されるのは当然だから。魔族はそう考えるわ」
「すっごい弱肉強食だね」
 ヒナタが少し顔を強張らせて苦笑している。
「そういうものなのよ。だから弱い魔族には魔国は住みにくいの。どうにかしようとしたこともあったけど、難しい」

 弱い魔族が魔国を出て、人間の国の近くで暮らすのはよくあることだと魔王は言う。それを完全に止めることはできないそうだ。しかし、魔族が人間に近付けば、争いにしかならないのが今の状況。弱い魔族が安心して暮らせる場所がどこにもない。

 そもそも魔王が魔王である理由も『強いから』なのだとか。
「もし魔国に行っても、私が側にいれば君たちが攻撃されることはないと思う。強者である魔王が決めたことに逆らう魔族はほぼ存在しないもの」
 そう言う魔王はほんの少しだけ寂しそうだった。

「私が勇者に負けたって、魔族は勇者を恨まない。人間を恨まない。負けた魔王が弱かっただけだから。報復なんてしないでしょうね」
「でも、瘴気は恨みから生じるんだよね?」
 ヒナタの質問に魔王が「そうよ」と答えた。

「だって、私自身は恨むもの。消えたくないし、痛い思いしたら当然じゃない」
 けれどそれはあくまでも魔王という『個』の恨みであり、魔族全体のものではないと言う。

「だからね。済んでしまったことを気に病まなくていい」
 魔王は優しい目で私を見た。
「私はちょっと悲しいけどね。人間的な部分があるから。でも、君たちをどうこうしたいというよりも、自分の不甲斐なさを感じるわ」

 恨まれていないとしても。それは、許しではないだろう。罪は罪だ。ただ、罰が与えられないというだけ。
 この魔王が言っていることが全て真実なのだとしたら。私は、人間は、とても罪深いことをしている。
 けれど、罰がないなら……どうやって過去を清算したらいい?

「恨まれないというのも複雑だな。『お前が悪い』と罵ってもらった方が、まだ楽になれる」
「人間の感覚だとそうだろうね」
 そう言って魔王は苦笑した。





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