第9話 隠滅

文字数 796文字

 分析結果がそろうまでに一週間と聞いていたが、わすか二日後に薬理学研究室から呼び出しがあった。予定を大幅に短縮しての呼び出しなので、重大な告知があるものと覚悟した。ひっそりとしている研究室に赴き、友人の友人である薬理学教授から報告書を受け取った。一枚目は普通の報告書のようだった。薬自体は胃粘膜の防御因子増強効果のあるレバミピドと多くの消化器症状で使われる生薬の甘草を配合したものであった。ちょっとした胃炎を改善する作用が期待できるものの、何か重大な疾患がこれだけで劇的に改善するとは考えにくい。実際の薬効というよりは、紫のスーツの男が醸し出す雰囲気やそれに対する依存によって、症状が改善しているということなのかもしれない。少しがっかりしながらも安堵したが、その生薬の産地が懸念通りC国であることを知り、愕然とする。が、事実は受け入れ、同じ薬をA国産で入手すればいいだけのことだ。そう気を取り直し、報告書のページをめくった。
 その瞬間、薬理学教授がS氏に声をかける。「何かおかしいと思ったので、材料工学の友人に依頼したのだ」
 そこには、薬の包装に関する報告が記されていた。なんとこの薬の包装シートが特殊な構造になっており、そのフィルムがどうやらマイクと発信機になっているというのだ。S氏の言動がどこかに漏れ伝わっていた可能性がある。そのどこかとは、やはりC国。あの紫のスーツの男が全て盗み取っているということか。
 当然、S氏側のこうした動きは、紫のスーツの男に知られてしまっているだろう。薬は別の袋に移し替え、包装シートは焼却した。特別な薬効はなさそうだが、薬自体は捨てられなかった。依存している自分をS氏は自覚し、情けなく思った。空いた時間にA国産の甘草を入手する方策を見つけたが、不安は解消されなかった。例の薬はあと三日分を残すのみとなったが、紫のスーツの男はS氏の前に姿を現さなかった。
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