第7話 宿命

文字数 1,739文字

 S氏が正式加入した航空宇宙局は、破竹の勢いで開発を進めた。惑星Xに建設した基地を中心に移民を募り、百人規模での送り出しが実現した。局長は大いに喜び、A国首相からも祝いのメッセージをいただいた。そして惑星Xは、A国の領土のようなものである、と首相は非公式ながら発言した。
 その一週間後だった。C国の打ち上げた大型船が、惑星Xに到着した。C国も移民を開始したのだった。もはや情報漏洩は確実だ。だが、それを認めるC国ではない。地球と同様、両国間の覇権争いが勃発した。他国からの苦情や市民団体の圧力もあったが、結局A国とC国とで、惑星Xの開発権、使用権が二分された。惑星Xは事実上、地球の二国により分割された。
 実際にはそれぞれ勝手に惑星Xを使用できてしまうのだが、一応共通のルールが策定された。領内の採掘は自由で、鉱物資源の地球へ移動は可能。ただし生存する動植物は惑星X外には持ち出さない。研究者を含む地球からの移民は、地球で製造された工業品は持ち込み可能だが、やはり生物は許可しない。生態系は独立させる、という狙いだが微生物レベルの監視は煩雑であり行わないこととした。
 宇宙船の大きさや渡航にかかる時間などもネックになり、A国側、C国側のどちらとも移民の数は増えなかった。結局、人が住みはじめた、という事実を作って領有権を主張したいという思惑による動きなのだった。地球とほぼ同じ大きさの惑星に、わずか数百人の人類が住むだけの惑星Xには、事実上環境問題は存在しない。資源は使い放題であり、それは地球のために使用される。中途半端で止まっている移民計画にS氏は業を煮やす。運ぶものは主に鉱物であるため、重量に耐える構造に力を注ぐ。しかしやりがいを感じない。人間を運ぶ技術については、最初の移民以降、全く進められない状態なのだ。
 戦略的に必要のない技術開発に、予算が回されるすはずはない。開発側としては、むしろ政策に沿った新技術を生み出さねばならないだろう。S氏は考えた。現状、惑星Xから運ぶものは多いが、地球から運ぶものがない。カラではもったいない。母国の思想を積極的に使い思いついたのが二酸化炭素の輸出だった。
 もともと天体観測を専門とするS氏であり、地球の二酸化炭素を集め、運ぶことについての知識は乏しい。S氏としては、二酸化炭素が一度に増える惑星と減る惑星、つまり大気の組成が急に変化するとその惑星がどうなるのか、を調べ考えることが必要だ。ただ地球から十分な観測ができる惑星は、太陽系内のものに限られるし、大気の組成が急に変化するという現象を捉えることは困難だ。濃縮し運搬して惑星Xの大気に混ぜた場合でも、科学の世界では無視して構わない程度の僅かな変化、とみなしてよいだろう。まずはゴーサインを出し、変化をモニターし続ければよいだろう。
 そして地球上で集められ、濃縮された二酸化炭素は惑星Xに放出された。惑星Xの広大な森林は二酸化炭素を吸収し、酸素に変えてくれる。それはしかし、惑星Xの均衡を徐々に乱していく。同じことは地球にも当てはまるのだが、こうしたことは直ぐに影響を確認できない。それを分かっていながら目先の解決を図る。そこに加担している自覚を持ちながらも、自身のアイディアが採用されたS氏は満足だった。

 二酸化炭素を回収してもらえる地球の企業や政府は、A国航空宇宙局の関連会社に支払いをする。惑星Xで採取した鉱物資源はやはり地球上の企業や政府に売ることができる。こうしてA国が新しい宇宙ビジネスを軌道に乗せた姿をみて、C国が動いた。地球上で人類から不要とされるもの。クリーンエネルギーと認定されている原子力発電を続ける上で必ず生じてしまう放射性廃棄物を惑星Xに持ち込むのである。一部の市民団体は強硬に反発したが、A国や局長、更にはS氏までも特に批判を行わなかった。これが成功すれば、地球における放射性廃棄物の問題は解決する。しかもウランなど原子力発電に必要なものを惑星Xから運び込めば一石二鳥だ。A国側も興味を示しているのは確実であり、惑星X上でもA国側とC国側とがしのぎを削ることとなった。そしてそれがやがて争いへとつながっていくのは、人類が逃れられない宿命なのだろう。
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