第6話 失望

文字数 563文字

 帰国したS主任はしかし、妻の答えに失望した。異国暮らしはしたくない。Sの仕事について応援はするが、もはや一緒に歩めない、というのだ。二年以上の別居は、二人の距離をもはや届かぬ長さにしていた。折角の再会は、離婚協議のスタートになってしまった。財産は概ね金融資産だったので、簡単に分割できた。A国に戻る期限までには全ての手続きが終了した。正規の職員になるため母国の宇宙開発局は退職し、A国への移住、帰化の希望を提出した。おそらく航空宇宙局の後押しで、早期にA国のパスポートが発行されるだろう。全てをA国でやり直す。そう決意して、S氏はA国に戻った。そして更に広くなった邸宅に入る。翌朝、紫色のスーツの男がやってきた。例の薬を受け取る。この薬のお陰で、母国滞在中も痛みが生じることがなかったのだ。この薬がなかったら、自分は今のポストを得られなかったはずだ。そう思い、S氏はこの男に言った。「もうこの薬なしでは、僕は生きられないようだ。そう、なくなったらきっと、激しい痛みに襲われ、何もできなくなるんだろう。ずっと届けてくれる君に感謝するよ。質問がダメなのは分かっているけど、それは伝えておきたい」紫色のスーツを着た男は、サングラスを外すことはなかったが口元を緩めたように見えた。「それだけですか。では」そう言い残し、去って行った。
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