第3話 理由

文字数 1,003文字

 A国では探査船の設計にも関わることとなり、多忙な日々を過ごした。当然のように待遇は良く、一人暮らしには贅沢すぎる大きな邸宅とお手伝いの女性が雇われていた。母国に妻を残していたS主任は、この女性に心を奪われるのではないかと案じていたが、既定の時間がくるとすぐに去ってしまう彼女と心を通わせるような状況は生まれなかった。

 S主任はしかし、不安だった。留学経験があったとはいえ、異国での一人暮らし。A国の治安は母国よりも悪い。こうした生活面ももちろんだが、薬が無くなった時の症状再燃がやはり気がかりなのだった。持ち込んだ薬があと二日分となっていた夕暮れ時、自宅前に見覚えのある姿があった。同じく紫のスーツだ。きっと薬を届けてくれる人物だと考え、S主任はその男に近付いた。A国の言葉で声をかけると、彼が振り向いた。そして、驚いた。なんと、あの男がそのままA国に来ているではないか。A国在住のスタッフではなく、彼自身もA国にやって来たのだ。嬉しくも有り、気味悪さも覚えたS主任は、自分の母語で問いただした。「いったい、どういうことなんだ? 驚いたよ」
「これは私の任務ですので、遠慮はいりませんよ、Sさん。ただ、今まで通り、受け取ってくださればいいのです。理由は聞かずに」

 理系の研究者にとって、理由を知ることができないのは辛いことだ。だから余計に知りたくなり、想像してしまう。A国の製薬会社が航空宇宙局からの情報を受け、手を回していると考えるの妥当だと思っていたが、確証はないまま内服を継続し、症状を抑えているというのが現実だった。

 こうして惑星Xへの無人探査船は無事に完成し、貴重な試料を持ち帰ることに成功した。分析の結果はS主任を始めとるメンバーを更に驚愕させた。地球とほぼ同じ構造であり、ほぼ同じだけの資源があると推察できるのだ。十分な検証を経て、マスコミを通じて世界に情報が流れた。資源不足と環境問題に悩む世界はその知らせに沸き立った。惑星Xの資源を地球に持ち帰ること。あるいは惑星Xへの人類の移住。A国やS主任の故国を始めとする友好国ではさっそくネット上の書き込みから議論が始まっていった。いずれの方法をとるにせよ、行き詰りつつあった地球での暮らしを維持するための、まさに希望の星。それが惑星Xだった。ところがそのわずか二時間後、世界は更に驚くこととなる。世界、とはA国を中心とする陣営、という意味だが。
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