第98話 サンドイッチとベッドにもぐる有希と伸の気持ち

文字数 1,049文字

 岩沢さんがいろんな人に声をかけてくれたようで、また、それ以外にも、予想以上に多くの客が訪れた。途中で有希の様子を見に行くつもりだったのだが、客が途切れなかったので、店から離れられなかった。
 昼過ぎになって、ようやく一段落したところで潤子が言った。
「これを持って、有希くんのところに行っていらっしゃい」
 手には、トレーに載せた二人分のサンドイッチ。
「あぁ。ありがとう」


「ユウ。遅くなってごめん」
 そう言いながらリビングのドアを開けたのだが、有希の姿がない。キッチンにもトイレにもいない。
 食卓にサンドイッチを置いて、伸は階段を駆け上がる。
「ユウ」
 部屋に入ると、有希はベッドにもぐっていた。
 
「ユウ?」
 そばに寄って、かがみながら声をかけると、ユウが布団から顔だけ出した。泣いてはいないが、顔色がよくない。
「遅くなってごめん。思った以上にお客さんが来てくれたもんだから」
「……こんなところにいてごめん」
「いいけど」
 有希が、のそりと起き上がった。その腕に、シンノスケを抱いている。
「お客さんがたくさん来たのは知っているよ。にぎやかな様子が伝わって来て、うれしいことなのに、なんだか怖くなっちゃって……」

 伸は、有希の髪を撫でる。
「いいんだよ。お昼のサンドイッチ、ここで一緒に食べる?」
「うん」
「じゃあ、今持って来るから待っていて。飲み物は紅茶にする?」
「うん……」
 伸は、有希に微笑みかけてから部屋を出る。今までずっと、他人の気配のないところで生活していたのだから、すぐには慣れることが出来なくても仕方がないと思う。
 
 
 サンドイッチと紅茶一式をトレーに載せて戻ると、有希は起きて、ベッドに腰かけていた。伸は、窓辺のテーブルにトレーを置く。
「ここで食べよう」
「うん」
 有希は立ち上がり、テーブルに着いた。伸は、カップに紅茶を注ぎながら言う。
「ずいぶん長い時間、一人だったけど、大丈夫だった?」
「うん。思ったよりは」
「そう」
「この部屋は落ち着くし」
「そうだね」

 有希が顔を上げて言った。
「下にいるのは、やっぱりまだ無理みたいだけど、ここなら大丈夫だから。子供じゃないのに、いつまでも一人でいられないなんて言ってちゃ駄目だよね」
 伸は微笑む。
「駄目じゃないよ。でも、ユウが頑張って、だんだん一人で過ごせる時間が長くなれば、俺もうれしいよ」
「うん」
「もちろん、ずっと一人にはしないから」
「うん」
「ユウが一人にしてって言っても、俺が一緒にいたいから」
「……うん」
 有希の顔に、やっと控えめな笑顔が浮かんだ。
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