第42話 麗衣の嘆きと伸の戸惑いと有希の答え

文字数 727文字

 ある日の朝食の席で、麗衣が言った。
「今度、私が休みの日に、庭で花火をしない?」
 この家には、広い芝生の庭がある。芝生の手入れは、普段は業者に依頼しているそうなのだが、この夏は、運動も兼ねて、伸が定期的に刈っている。
 電動芝刈り機を使いながら、伸が庭を行き来している間、有希は家の中からそれを見ている。一緒にやろうと誘っても、庭にすら出たがらないのだ。
 
 今も浮かない顔でティーカップの中を見つめている有希に、麗衣が話しかける。
「夜は庭も涼しいし、有希が子供の頃は、一夏の間に何度もやったわよね」
 伸も言い添える。
「いいですね。フォレストランドでも、夏は週末に花火イベントをやっていたんですよ」
「そうなの。一度行ってみたかったわね」
「来場者数が減ってからも、花火イベントは盛況でした」

 ちらちらと様子をうかがいながら話していると、ようやく有希が口を開いた。
「僕は家の中から見ているよ」
「そんな……」
 麗衣がため息をつく。
「たまにはママに付き合ってちょうだい。昔はよく一緒に買い物や旅行に行ったのに……」

 いつも冷静な麗衣の思いがけない嘆きに、伸は戸惑う。伸と付き合うようになってから、有希はいつも伸と一緒で、母子で過ごす時間が減ったであろうことは間違いないし、それは、伸がこの家で暮らすようになった今も変わらない。
 麗衣の寂しさを思い、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。自分はいったいどうすればいいのだろう……。
 
 気まずい沈黙が流れる。やがて有希が、カップに目を落としたまま、あまり気乗りしなそうに言った。
「わかった。花火、僕もするよ」
「そう……」
 有希を見つめた後、麗衣は、気を取り直したようににっこり笑って言った。
「それじゃ、花火を買って来るわね」
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