第43話 姉弟のような麗衣と有希と花火の夜

文字数 1,026文字

 夕食が終わると、麗衣は、いち早く花火の準備を始めた。有希は食卓の椅子の上に足を持ち上げ、膝を抱えて、後片付けをする伸を見ている。
 麗衣を手伝えばいいのにと思うが、口には出さない。遠慮しているわけではない。
 あの後、二人になってから尋ねると、有希は、庭に出ることも「少し怖い」と言ったのだった。伸の余計な一言がきっかけで、有希が花火をする気をなくしてしまったら、麗衣にも申し訳ない。
 
 
「さぁ、行こうか」
 後片付けを終え、そばに行ってうながすと、有希は足を床に下ろして立ち上がった。ハーフパンツから伸びた足は細く頼りなげで、彼を幼く見せている。
 庭は常夜灯のほのかな灯りに照らされている。ガーデンテーブルのそばにはバケツが置かれ、コットンのワンピースを着た麗衣がたたずんでいる。
 伸がサッシを開けると、麗衣が少女のように手を振った。
 
「ユウ」
 先に庭に下りて振り返ると、有希はまだ、部屋の中に立ち尽くしている。
「おいで」
 手を差し伸べると、その手を握り、ようやく素足をサンダルに滑り込ませた。有希が手を離そうとしないので、そのまま麗衣のそばまで行くと、蚊取り線香の香りが漂う。
 麗衣が有希に微笑みかけた。
「大丈夫よ。ここは安全だし、ママも安藤さんもいるから」


 事件の後、麗衣は、すぐにこの家に警備保障システムを導入した。万が一に備えてということはもちろん、怯える有希を安心させる意味もあったのだろう。
 有希に危険が迫れば、麗衣はどんなことをしても彼を守ろうとするだろうし、それは伸だって同じだ。そういう気持ちは、伸も、おそらく麗衣も今に始まったことではないが、それでも有希は襲われ、傷つけられてしまったのだ。
 今後、二度と有希を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
 
 
「始めましょう」
 麗衣が、テーブルの上に置いたトレーから花火を二本取り、持ち手をこちらに差し出した。伸が背中を押すと、有希がおずおずと前に出て一本受け取る。
 続いて伸も受け取ると、麗衣が手で、蚊取り線香の横に置かれた、火の点いたロウソクを示した。
 
 
 初めは硬い表情で押し黙っていた有希も、美しく流れ出す花火を見ているうちに緊張がほぐれたのか、やがて自ら花火を手に取って火を点け、楽しみ始めた。
 声を上げ、笑い合っている麗衣と有希は、仲のいい姉弟のようだ。それを見て、伸も幸せな気持ちになる。
 皆でしゃがみ込んで最後の線香花火に火を点ける頃には、以前のような無邪気な有希になっていた。
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